SAGA佐賀マニア~佐賀のマニアックな情報発掘

佐賀の歴史スポットや気になるお店、街歩きネタを発信しています。

ベトナムに支店を出した事で話題になった、
一吉ひとよしうどんへ、行ってきました。

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国道246号線沿いに大きな看板が立っています。



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見た目は、普通のうどん屋さんです。


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店内は、こんなテーブル席と、

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畳敷きに座卓と言うよくある形態で、割と広いです。

写真には、映っていませんがお客さんもそこそこ多かったです。
(日曜日の午後2時ごろ)


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普通のうどん屋さんで、まず見られないのがこんな手書きのニュースです。

お知らせや最近の出来事が、書かれています。


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おすすめのメニューの手作り感が、いいですね。


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こちらが正式なメニューです。

今回は、かき揚げうどんを注文しました。




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これです。


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麺はやわらかくてスープは、あっさり系でした。



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完食です。

ごちそうさまでした。


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食べ終わってから、このニュースにベトナムに支店を作る経緯などが書かれていて、
苦労して開店にこぎ着けた事がうかがえました。


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ニュースはすでに何号も発行されていて、店長さんのベトナム出店にかける思い入れが伝わり、
つい読みこんでしまいました。


この一吉うどんは、一見何の変哲もない普通のうどん屋さんのようで、
実は、ベトナムに支店を出すという情熱と行動力がある店長さんの魅力と求心力で、
スタッフやお客さんが引き寄せられているようなお店でした。


一吉ひとよしうどん

〒840-1101 佐賀県三養基郡みやき町西島1624−1



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構口橋脇に整備中だった、長崎街道の番所跡が、
公園化されました。

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以前は、ここに空き家?があったのですが、
ご覧のように綺麗な公園に生まれ変わりました。


「牛嶋構口公園」と命名されています。


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番所への入り口も、当時の位置に再現されています。

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長崎街道の宿場町配置図。

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長崎街道佐賀宿の説明板です。

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当時の遺構の一部を見学できるようになっています。

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このように、石垣が露出しています。

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遺構の説明板です。

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発掘調査で解った、石垣の状況。

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石垣修理の状況。

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1785年(天明5年)の絵図に画かれた番所。

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当時は、この門の前に橋が掛けられていたようです。
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公園のトイレです。

トイレの横には、車が数台停められる駐車場もあります。

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このように綺麗なトイレです。

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大事に使いましょう。

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川の向こう側から、番所の門を見たところです。
当時は、ここに橋が掛けられていました。

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牛嶋橋手前から南に入る細い道が、旧長崎街道の名残のようです。

これを機会に、長崎街道佐賀宿の全体的な整備が望まれます。






佐嘉神社に長年展示されていた150ポンドカノン砲が、
リニューアルされています。

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鳥居の左側に展示されている、巨大な大砲です。


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以前は、こんな屋根は無くて雨ざらしでした。

しかし近くで見ると、本当にデカイ。

当時としては、最大級の大砲です。

これを撃った時は、とんでもない轟音を発したのではないでしょうか。

ちょっと見てみたい気もします。



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明治維新150年記念で、これを複製した東亜工機により、
錆取りと再塗装が行われたとの事です。


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重量も数トンは、あるのではないでしょうか。

幕府が佐賀藩に注文して、お台場に設置した大砲らしいです。

当時これを量産出来た佐賀藩の技術力は、大したものです。








次にアームストロング砲を見てみます。



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たしかしばらくここに無かったハズですが、
いつの間にか戻って来ていました。


しかも以前は、ガラスの向こうから見るようになっていたのが、
間近で見れるようになっていて、
150ポンド砲と同じような、屋根が建てられています。




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やはりアームストロング砲は、見れば見るほど近代的な大砲です。

先込め式の150ポンド砲とは、雲泥の差です。



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砲身内に刻まれた線条痕(ライフリング)が、この砲の高性能さを、
物語っています。


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砲の後ろには、何やら突起のような物が横向きに付き出ています。



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砲尾の栓を回転させると外れて、砲弾と発射薬を装填するしくみのようです。


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そして、この突起が発射薬に点火するための信管だと思われます。


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試しに引っ張ってみると、スルッっとした感じで抵抗なく持ち上がりました。


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こんな風に完全に外れました。

これでどうやって点火するのか?

雷管のような物をセットして叩くのか?

導火線のような物を使うのか?

発射するしくみを知りたいものです。


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砲弾も現代の砲弾とほとんど変わらない形状をしています。

着弾して爆発させるための信管まで装備しているという、
高性能な砲弾らしい。

この砲弾を作るのにも、相当な技術力が必要だと思われます。

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アームストロング砲は、150ポンドカノン砲とは
比べ物にならないくらい高度な技術の結晶といった印象です。


本当に、これを佐賀藩が自力で作る事が出来たのか?

それともイギリスからの輸入品しかなかったのか?


意見が分かれているらしいですが、
本当に作れていたとしたら、驚異としかいいようがないです。






多久の昭和レトロなショップ「みつわ」さんを紹介した記事が、
きらッコノートというサイトの特集に取り上げて頂きました。

SAGA佐賀マニア


利用者さんとの会話が弾みそう!

歴史と浪漫漂う和・洋レトロスポット特集


他にもレトロスポットが紹介されたブログがいくつも取り上げられているので、
よかったらぜひチェックして見てください。





佐賀の古い商店街を記録に残すシリーズとして、
白石町の商店街を歩いてきました。

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まずは、肥前白石駅からです。

どうやら近年建て替えられているようで、
近代的な駅舎となっています。


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基本無人駅らしく、窓口は閉じられていました。


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路線図と運賃、時刻表です。
概ね1時間に1本のようです。


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この歩道橋で、むこう側へ渡れます。


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駅の外は、なぜか鐘が備え付けられていて、りんりん公園という名前になっています。


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これは、駅舎の中に展示されていた昔の写真です。


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これが昔の駅舎のようです。
石焼いもの軽トラが、懐かしいですね。

日付が無いのですが、おそらく昭和40年代?ごろの写真でしょうか。

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こちらは、歩道橋の上から撮られたようです。

近くの高校生が、通学に利用していたようです。

※現在も高校生に利用されています。

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これが、駅前の様子です。

駅前商店街などは無く、住宅しか見当たりません。


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こちらは、別の方角です。

なんとなく、かつては駅前商店街だったような名残があります。


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駅のすぐ近くにあった、白石娯楽センターという建物。

パチンコ屋だったようです。

もちろんかなり前に閉店しています。





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メインストリートの一角に、昔ながらの食堂がありました。
文字が消えかかっていますが、白石屋という屋号です。

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適当に?置いてある見本が、昭和な感じです。

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これが、白石の(旧)メインストリートである商店街です。


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閉店している店も多く、お世辞にも賑わいを感じる・・・
とは、言えません・・。


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閉店して、何年になるのか?

こんなひさしが傷んでいる元商店を、多く見ました。




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こちらは、営業中です。
旗やのぼりや横断幕を制作するお店のようです。

このように何かここでしか手に入らないようなものを扱うお店は、
生き残れるのかも知れません。


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この店舗も、間もなく閉店するようです。


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ここは、地域のコミュニティセンターのような場所です。


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その先の様子も、さびしい感じは否めません。

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中には、新しくできた店舗も少数ですが、ありました。

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この時計店は、営業しています。

今の時代、時計を時計店で買ったり修理したりすると言う需要は、
あるのだろうか?


あるから営業しているのでしょうが・・・。



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このお好み焼き屋は、人気がありそうな雰囲気を感じました。


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うなぎ屋は、閉店しています。


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地元の子供(中学生?)が、描いたと思われる絵が異彩を放っていました。


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懐かしさを感じる脇道です。

奥は、お寺です。

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場末の飲み屋街の一角にありそうなバー(の跡地)です。


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閉店した写真屋。

デジカメの登場と共に、写真屋さんは激減しました。

今も営業しているところは、何かに特化(結婚写真とか)したり技術を持っているのでしょうか。

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ここも脇道です。

神社の参道になっているようなので、ちょっと奥まで行ってみます。


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どこにでもある、典型的な神社があらわれました。


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神社によくある子供の遊具ですが、最近使われた形跡は見られません。

昔は、学校から帰ってきたらこんな遊具で遊ぶのが定番の一つだったのかもしれませんが、
最近は、ゲームをしたり塾や習い事に行くので、神社の遊具で遊ぶ事など無くなってしまったようです。



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コンビニが出来る前は、こんな商店でお菓子などを買っていたものですが、
今や絶滅寸前になってしまいました。


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ここは、かつて文房具屋だった商店のようです。

そう言えば学校の前に必ずあった、個人経営の文房具店も、
今はほとんどありませんね。


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この居酒屋は営業しています。

手書きの”今日わ”が、いい味出しています。


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窓の中に見えるカーテンの劣化具合から、
相当昔に空き家となったであろう民家です。


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その先は、(以前はあったであろう)店舗がなくなり、
民家となっています。


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国道へ合流する地点には、

こんな看板が立てられていました。


再びここが“元気”になる事があるのでしょうか?

もしかしたら時代が巡って、街の商店街が必要とされるようになるかもしれません。

そうなることを祈りつつ、白石商店街歩きを終えました。







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