SAGA佐賀マニア~佐賀のマニアックな情報発掘

佐賀の歴史スポットや気になるお店、街歩きネタを発信しています。

以前から気になっていた、中央マーケットにある”ぎょうさ屋”さんに行ってきました。

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ここは駐車場側の入り口です。
他にも2か所の入り口があります。

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昭和の香りが充満している狭い飲食店街の一角にぎょうざ屋の看板が、
掛かっています。

ただ、時代の流れかシャッターが下りている店舗も結構あります。






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入口は、いかにも昭和の食堂といいた趣です。
1952年(昭和27年)から営業しているようです。

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お店の中は、こんなカウンター席と

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テーブル席があり、20人ほどは対応できるようです。

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メニューは、基本ぎょうざのみとなっています。

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定食を注文します。

定食の特徴として、焼きぎょうざと水ぎょうざの割合を選ぶことが出来ます。

例として8・2、6・4、5・5となっていますが、
9・1、10・0でも大丈夫なようです。


なんとなく、今回は7・3にしてみました。



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これが、ぎょうざ定食(7・3)です。


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こちらが焼ぎょうざです。

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そして、水ぎょうざです。
スープは、鶏ガラでしょうか?

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焼ぎょうざは、このタレに浸けて食べるようです。

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ネギの入った、小皿にタレをいれます。

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さっそくいただきます。

いい感じの焼き加減で、皮がモチモチした食感です。


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水ぎょうざは、スープの味がしみこんでいてモッチリした皮の触感と相まって、
絶妙の美味さを醸し出していました。


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あっという間に完食しました。

これで700円なら非常に満足がいくのではないでしょうか。

人気店になるのも頷けます。


お店にいる間、予約注文が入ってきたり注文品を取りに来る人が頻繁にいたりして、
繁盛している様子です。

また食べに行きたいと思った、お店でした。








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ベトナムに支店を出した事で話題になった、
一吉ひとよしうどんへ、行ってきました。

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国道246号線沿いに大きな看板が立っています。



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見た目は、普通のうどん屋さんです。


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店内は、こんなテーブル席と、

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畳敷きに座卓と言うよくある形態で、割と広いです。

写真には、映っていませんがお客さんもそこそこ多かったです。
(日曜日の午後2時ごろ)


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普通のうどん屋さんで、まず見られないのがこんな手書きのニュースです。

お知らせや最近の出来事が、書かれています。


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おすすめのメニューの手作り感が、いいですね。


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こちらが正式なメニューです。

今回は、かき揚げうどんを注文しました。




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これです。


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麺はやわらかくてスープは、あっさり系でした。



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完食です。

ごちそうさまでした。


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食べ終わってから、このニュースにベトナムに支店を作る経緯などが書かれていて、
苦労して開店にこぎ着けた事がうかがえました。


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ニュースはすでに何号も発行されていて、店長さんのベトナム出店にかける思い入れが伝わり、
つい読みこんでしまいました。


この一吉うどんは、一見何の変哲もない普通のうどん屋さんのようで、
実は、ベトナムに支店を出すという情熱と行動力がある店長さんの魅力と求心力で、
スタッフやお客さんが引き寄せられているようなお店でした。


一吉ひとよしうどん

〒840-1101 佐賀県三養基郡みやき町西島1624−1



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構口橋脇に整備中だった、長崎街道の番所跡が、
公園化されました。

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以前は、ここに空き家?があったのですが、
ご覧のように綺麗な公園に生まれ変わりました。


「牛嶋構口公園」と命名されています。


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番所への入り口も、当時の位置に再現されています。

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長崎街道の宿場町配置図。

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長崎街道佐賀宿の説明板です。

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当時の遺構の一部を見学できるようになっています。

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このように、石垣が露出しています。

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遺構の説明板です。

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発掘調査で解った、石垣の状況。

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石垣修理の状況。

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1785年(天明5年)の絵図に画かれた番所。

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当時は、この門の前に橋が掛けられていたようです。
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公園のトイレです。

トイレの横には、車が数台停められる駐車場もあります。

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このように綺麗なトイレです。

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大事に使いましょう。

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川の向こう側から、番所の門を見たところです。
当時は、ここに橋が掛けられていました。

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牛嶋橋手前から南に入る細い道が、旧長崎街道の名残のようです。

これを機会に、長崎街道佐賀宿の全体的な整備が望まれます。






佐嘉神社に長年展示されていた150ポンドカノン砲が、
リニューアルされています。

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鳥居の左側に展示されている、巨大な大砲です。


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以前は、こんな屋根は無くて雨ざらしでした。

しかし近くで見ると、本当にデカイ。

当時としては、最大級の大砲です。

これを撃った時は、とんでもない轟音を発したのではないでしょうか。

ちょっと見てみたい気もします。



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明治維新150年記念で、これを複製した東亜工機により、
錆取りと再塗装が行われたとの事です。


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重量も数トンは、あるのではないでしょうか。

幕府が佐賀藩に注文して、お台場に設置した大砲らしいです。

当時これを量産出来た佐賀藩の技術力は、大したものです。








次にアームストロング砲を見てみます。



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たしかしばらくここに無かったハズですが、
いつの間にか戻って来ていました。


しかも以前は、ガラスの向こうから見るようになっていたのが、
間近で見れるようになっていて、
150ポンド砲と同じような、屋根が建てられています。




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やはりアームストロング砲は、見れば見るほど近代的な大砲です。

先込め式の150ポンド砲とは、雲泥の差です。



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砲身内に刻まれた線条痕(ライフリング)が、この砲の高性能さを、
物語っています。


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砲の後ろには、何やら突起のような物が横向きに付き出ています。



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砲尾の栓を回転させると外れて、砲弾と発射薬を装填するしくみのようです。


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そして、この突起が発射薬に点火するための信管だと思われます。


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試しに引っ張ってみると、スルッっとした感じで抵抗なく持ち上がりました。


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こんな風に完全に外れました。

これでどうやって点火するのか?

雷管のような物をセットして叩くのか?

導火線のような物を使うのか?

発射するしくみを知りたいものです。


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砲弾も現代の砲弾とほとんど変わらない形状をしています。

着弾して爆発させるための信管まで装備しているという、
高性能な砲弾らしい。

この砲弾を作るのにも、相当な技術力が必要だと思われます。

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アームストロング砲は、150ポンドカノン砲とは
比べ物にならないくらい高度な技術の結晶といった印象です。


本当に、これを佐賀藩が自力で作る事が出来たのか?

それともイギリスからの輸入品しかなかったのか?


意見が分かれているらしいですが、
本当に作れていたとしたら、驚異としかいいようがないです。






多久の昭和レトロなショップ「みつわ」さんを紹介した記事が、
きらッコノートというサイトの特集に取り上げて頂きました。

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歴史と浪漫漂う和・洋レトロスポット特集


他にもレトロスポットが紹介されたブログがいくつも取り上げられているので、
よかったらぜひチェックして見てください。





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