SAGA佐賀マニア

佐賀に眠ったお宝を発掘します。

2018年07月

久し振りに333へ行ってきました。

しばらく閉店していたので、心配していましたが、
営業が再開されていたので、寄ってみました。

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店長さんが、ちょっと体調が悪かったらしいですが、
今は、完治?されているみたいです。
元気で営業されていて、安心しました。

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店内は、明るくて清潔感があります。

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これは、日替定食の例です。

このお店の特徴は、家庭的な雰囲気の料理ながら非常に品があるところです。

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この日のおススメメニューから、
和風青椒肉絲を選びました。



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しばらくして、出来上がったのがこの青椒肉絲定食です。
見た目もキレイで、いいですね。

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こちらは、隣の人が注文したハンバーグ定食です。
美味しそうですね。

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青椒肉絲は、和風と言うだけあって、
あっさりした風味に仕上げられています。

ピーマンのほろ苦さと、甘辛いソースの味がミックスされた、
上品な味でした。


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ごちそうさまでした。

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店長のお姉さんです。

気さくで、料理の味付けを常に試行錯誤されている、
研究熱心な方です。

女性のおひとりさまでも、気楽に来店できるお店です。



営業時間は、午後6時くらいから11時ごろまで
(店休日は、日曜日)

佐賀市巨勢町牛島576-27
0952-27-6233



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今や映画館と言えば、シネコンがほぼすべてとなっていますが、

私が、映画館に通い出した1970年代終わりから80年代には、
佐賀市内に、以下の映画館が営業していました。


有楽、有楽オスカー、東映、松竹、東宝、平和劇場、グランド劇場、朝日館、にっかつ


最盛期には、いったいどれくらいの映画館が営業しているのか気になっていたら、
こんなフリーペーパーを見つけました。


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佐賀県興行生活衛生同業組合という団体が、発行した物です。

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ページをめくると、70年代前半から80年代初め頃まで、
映画館でバイトをしていたという、大歯雄司氏による佐賀の映画館の歴史が、
語られています。

この大歯氏は、現在古湯映画祭の実行委員長をされていますが、
バイト時代は、「パス券」という映画を無料で観れる券を持っていたので、
映画を観まくっていたそうですが、ウラヤマシイですね。

おかげで、2浪して入った佐賀大学を7年通って中退されたそうです(笑)




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貴重な写真も載っています。


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昭和32年東宝と昭和35年の日活の様子ですが、
看板や飾りが大掛かりでスゴイです。


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昭和35年の東映は、松原川沿いですね。

新道商店街の入り口にあった朝日館も、
最盛期には、これほどの飾り付けがあったとは驚きです。
カラーで見て見たい光景です。

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これは、松原神社の角にある交番の前にあった映画ポスター看板です。
80年代の初めまでは、このポスター看板は、あったと思います。

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そして、佐賀市内をはじめ各市町村に映画館があった時代がありました。

最盛期の1960年(昭和35年)には、90館もの映画館が、
佐賀県内にあったようです。

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東松浦郡に、10館もあります。
意外と少ないのが、鳥栖市の3館です。

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とにかくどこの町にも映画館があったようです。

そう言えば、以前大和町にあった春日映劇の様子を聞いた事が、
ありますが、畳が敷いてあって,雨の日には農家の人たちが、
畳に寝転がりながら映画を観ていたとか。

今では考えられないですが、
いかにも田舎の映画館というのどかな様子が目に浮かびます。












久し振りに佐賀城本丸歴史館へ行ってきました。

佐賀空港に春秋航空とTーwayが入って来て、
年々海外からの観光客(主に中国と韓国)が増えてきましたが、

佐賀城本丸歴史館でも、あちこちから韓国語と中国語が飛び交うように、
なっていました。

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まずは、鯱の門をくぐります。

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鯱の門と言えば、佐賀の乱での銃弾痕ですね。

あちこちにあいた穴が、壮絶な銃撃戦を物語っています。


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この生々しい柱に食い込んで潰れた鉛の銃弾を見ていると、
当時の様子を想像して戦慄を覚えます。

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門をくぐると、目の前に24ポンドカノン砲が現れます。


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本丸歴史館は、本当にデカい建物です。

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入り口を守るように展示されているのが、
アームストロング砲です。


入り口で靴を脱ぎ、中に入ります。
中に入ると、スタッフの人が簡単な説明をしてくれます。

入場は、無料です。

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奥の方を見ると、女性が何やら説明をしています。

あんな人は、前回来た時にはいなかったハズ。

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受付の「地平アイこ」さんでした。

ちなみにロボットですw

身振り手振りで、館内の説明をしてくれます。
表情も変化するのがリアルです。

近い将来、AIとロボット技術が進化して、
至る所でこんなロボットを目にするようになるのかも知れません。

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最大300畳敷になるという大広間では、
佐賀の八賢人を演じる役者による、寸劇が行われていました。

佐賀弁なので、

なんとなく”佐賀にわか”を見ているような気になった・・ような?


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お城の構造説明や発掘して得られた遺物が展示されている部屋では、
スタッフによる解説が行われていました。

こんな解説を聞くのも初めてです。

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さらに奥に進んでいきます。

右側には、トイレがあります。

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トイレの中は、こんな感じで非常にキレイです。

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その先の部屋には、佐賀城の歴史を説明する映像が流れるテレビが、
設置してあります。

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その反対側には、子供に大人気の”バーチャル佐賀城本丸御殿”
が、あります。

これは、3D画像で御殿内を探索できる装置です。

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こんなスティックとボタンで動き回れるので、
子供たちが、嬉々として楽しんでします。




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さらに奥へと進んでいきます。

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一番奥には、御座間・堪忍所が、あります。

御座間とは、殿様がくつろいでいた部屋で、
堪忍所とは、何かヤバい部屋だと思ったら・・・

警護詰所らしいです。

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廊下の左側が御座間で、その奥が堪忍所です。

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ここが堪忍所です。

何の変哲もない畳の部屋ですが、当時は警備に当たっている侍たちが、
待機していたのでしょうか。

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堪忍所から中庭を見たところです。

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こちらは縁側です。


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御座間と堪忍所は、建築当時の柱が再利用されているらしい。

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戻って、各種資料が展示してある部屋へと向かいます。


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兜や書物が展示されていますが、


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一番興味を惹いたのが、1867年のパリ万博から佐賀藩士たちが、
持ち帰ったというサラダオイルのビンやガラス皿、


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万博のカタログです。

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カタログには、このように展示物の解説が載っています。


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このカメラも貴重ですね。

ガラス板に薬品(感光剤)を塗り、乾く前に撮ると言う、
湿板写真用のカメラです。

露出時間が数分はかかったそうなので、撮られる方も大変です。

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これは、オランダ語の教本です。
幕末まで、語学と言えばオランダ語ですね。

佐賀藩では、英語が国際標準語になると分かったらすぐに、
英語教育に切り替えたようです。

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入り口に戻って来ました。
右に写っている女性は、イスラム圏の方のようです。

この日は、かなりの数の外国人が訪問していました。


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こんな感想文ノートが、置いてあったので中を覗いてみると、

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日本語に交じって、中国語や英語や

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ハングルで、書かれた感想文が飛び込んできます。


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一番気になったのが、この感想文です。

確かに幕末期には、日本の最先端を走っていたのは確かだと思いますが、

有能な人物は、みんな佐賀を出て行って、
中央政府で国家のために働いていたから、
佐賀の事を顧みる余裕などなかったのかも知れません。

と言うわけで、

佐賀城本丸歴史館は、やっぱり無料ながらかなり楽しめる施設です。














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