SAGA佐賀マニア

佐賀に眠ったお宝を発掘します。

カテゴリ: 佐賀情報



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昭和51年(1976年)2月16日の西日本新聞が出てきましたので、
当時の佐賀の記事を紹介します。

01

まず一見して、分かるのはその字の小ささです。

たしか2段階に渡って、字が大きくなったと思いますが、
この頃の新聞は、とにかく字が小さいです。

今の新聞の半分くらいの大きさしかありません。
これは目に悪いですw



02


当時は、ロッキード事件が新聞・テレビを賑わせていて、
国会では、毎日証人喚問が行われていました。

この時期は、ロッキード事件一色と言った様相を呈しています。

03

佐賀県版を見ると、マラソンのニュースが大きく取り上げられています。
唐津10マイルロードレースだそうです。


04

注目すべきは、映画案内です。

佐賀市内にまだまだ多くの映画館があった頃です。

以前は、この新聞の映画案内で時間を確認してから
映画館に行っていたものです。

松竹では、高倉健主演の”君よ憤怒の河を渡れ”が公開中ですが、
偶然にも現在ジョン・ウー監督、福山雅治主演でリメイクされた、
”マンハント”が公開中です。

日活、朝日館は、ポルノ映画ですが、日活が3本立て、
朝日館が、なんと4本立てとなっていますw

4本立てを観ると、1日映画館で過ごすことになりますが、
さすがにポルノ映画4本観るのもキツいような気がしますが、
どうだったのでしょうかw


05

有楽オスカーは、たしか松原神社の参道の入り口から道を隔てた辺りに
あったような気がします。

今の庄屋がある所の東側?ではなかったかと思いますが、
記憶が定かではありません。

この頃は、ポルノ映画館だったようです。

後に封切館で公開が終わった映画を3本立てとかで上映していました。


有楽では、あのスピルバーグジョーズが上映中です。
20日までとなっていますので、その後は2本立てとなるはずです。

この頃は、2本立て3本立てが普通でしたので、
観たい映画は2本立てになってから観に行ったものです。


と言っても、この頃はまだ小さかったので、
親に連れて行ってもらってました。


自分で2本立てとか3本立てを観に行くようになるのは、
数年後からですがw

映画館のシートも今のように座りやすさが追及されている物では無かったので、
3本立ては、さすがにお尻が痛くなったりして疲れましたが。


06

唐津にも3館あったようです。

中央大劇では、

近年亡くなられた、シルビアクリステルの一世を風靡した映画、
エマニエル婦人の続編が公開中です。

エマニエル婦人は、テレビで宣伝しまくっていたので、
年頃の男子は、もう見たくて見たくてたまらなかったハズw


唐津大劇では、岩城滉一主演のアクション映画と松方弘樹、梅宮辰夫の
ヤクザ映画らしきものとトラック野郎シリーズが公開中です。


新世界では、日活ロマンポルノでしょうか。

現在唐津には映画館は無くなっています。


07


伊万里にも2館ありますね。


国際では、邦画アクション3本立て、
国際第2では、ポルノ3本立てとなっています。


伊万里にも現在映画館は、ありません。


すでにこの頃は、映画館の数は最盛期と比べるとだいぶ減っていると、
思われます。






08

昭和51年(1976年)は、佐賀国体が開催された年です。
開催へ向けての関連の記事も定期的に掲載されていたのでしょう。


11

次にテレビ欄です。
STSサガテレビの欄を中心に見てみます。

朝は、7時30分から始まってます。

朝は、ポンキッキやピンポンパンなど子供に人気の番組に続いて、

ワイドショーの草分け的番組、小川宏ショーが始まります。

昼は、ニュースのあとワイドショーがあって、
その後、短い映画(連ドラ)が続きます。

3時からは、3時のあなたですw

4時からは、アニメの再放送枠でした。

ガッチャマン、アタックナンバー1の再放送と続きます。

10


夕方は、5時からピンポンパンの再放送がありますね。

6時からは巨人の星をやっていたようです。

7時からは、名犬ラッシーです。
これは毎週見ていた記憶があります。

7時30分のクイズとは、クイズグランプリの事でしょう。

その後スター千一夜が続きます。

この2番組は、ずいぶん長い間続いていたと思います。

9時からは、たぬき先生奮闘記というドラマが始まります。

これは、全く記憶にありません。

坂上二郎、西川峰子、マッハ文朱、山本リンダ、杉田かおるという、顔ぶれです。
坂上二郎は、亡くなりましたが他の人は、今でも活躍されていますね。

息の長さがスゴイです。



13


9時からは、痛快!河内山宗像という時代劇らしきドラマが、
始まります。

あの勝新太郎、原田芳雄が出ています。

11時台は、今とほぼ同じようなニュース、スポーツ、報道番組が
並んでいます。

そして0時25分から、FBI連邦警察と言うおそらくアメリカのドラマが、
放送されて終了です。


テレビ欄を見ていると、学校から帰って夕方アニメを見ていた事、
夜、家族でニュースやバラエティなどを見ていた事を思い出します。

昔の新聞には、当時の世相や流行り物などが記録されていて、
非常に興味深く、つい読みふけってしまいました。

しかしこの字の小ささには、閉口してしましますw





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「いや~映画ってホントにいいものですね~」

で、おなじみだった映画解説者の水野晴朗さんが、
佐賀に来たことがあります。

2003年6月11日の事です。


当時水野さんは、自身が監督・主演の映画、


「シベリア超特急3」

の全国行脚キャンペーンをやっていて、

アシスタントのぼんちゃんと一緒にセントラル会館へ現れたのです。

00

そのセントラル会館もすでに2007年に閉館しています。
ビル自体も老朽化が進んでいる感じです。


ところで、シベリア超特急と言えば、


水野さんが長年の夢だった映画製作を実現した事で話題になりましたが、
(ちなみに最初のシベリア超特急は1996年公開です)

そのあまりにぶっ飛んだ内容と、チープな映像と、
水野さん演じる主演の山下大将のド素人演技やラストのどんでん返しなどなど、

トンデモ映画として(ある意味)映画史に残る迷作と化しています。

01

上映の前に、水野さんとぼんちゃんが全国行脚や映画の裏話をしてくれました。


この時、水野さんが例の名調子で自分の映画を解説するのが見事で、
この解説を生で聞けただけでも満足でした。


そして映画が始まりましたが、
はっきり言って映画の内容はほぼ覚えていませんw

でもそれはどうでもいいんです。

水野さんに会って、解説を聞ければ映画はどうでもいいんです。
(すいませんそんなわけはないです)

ここに来ていた人も、みんな水野さんに会いたくて来ていたに違いないのです。


02


映画が終わった後、しばらく待合室で談笑していました。
この時の印象は、

”本当に映画が好きで純粋な人だな~”

ここでも映画解説の話をされていましたが、
あのやわらかな口調で、話されているのを聞いていると、
幸せな気分になってきたことを思い出します。




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余談ですが、昔のTVのロードショーでは(今もある事はありますが)
水野さんはじめ何人かの映画解説者の解説がありました。


サヨナラサヨナラ・・でおなじみの日曜洋画劇場の淀川長治さんは、
独特の口調で、期待感を高めてくれました。


月曜ロードショーの荻正弘さんは、何か分析的な解説で、
思わず解説に引き込まれてしまいました。

そして一番好きだったのが、水曜(のちに金曜)ロードショーの
水野晴朗さんです。

あのにこやかな顔で、これから始まる映画を楽し気に語っているのを聞くのが、
楽しみで仕方なかったです。

結構マニアックな裏話もしてくれるので、
ある意味本編より解説が楽しみだったほどですw

そして終わってからの解説と次回予告のあとの決め台詞、

「いや~映画ってホントにいいものですね~」

を聞いてから寝てました。

やっぱりこれを聞かないと、終わった感じがしなかったですね。


03

これは、その日に水野さんからもらったサインです。
写真は、自分で貼ったものです。


水野さんは、この後もシベリア超特急シリーズを作り続けて、
(5まで制作されてなんと舞台劇まである)

2008年に亡くなられました。

映画への情熱を生涯持ち続けた人生ですね。

生前お会いする事が出来たのは、大切な思い出となっています。

閉鎖されて、だんだん朽ちていくセントラル会館のビルを見ていたら、
この日の事を思い出してしまいました。




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1月9日と10日に行われた、
与賀神社の十日えびす祭に行ってきました。

01

参道には出店が並んでいて、祭りの気分を盛り上げます。


03

神社の側には、子供たちが描いたえびす様の絵が展示されていました。


02

神社の境内は、大勢の人で賑わっています。

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日程表です。

05

参拝する人の長い列が出来ています。

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特設ステージでは、太鼓の演奏が行われています。
なかなかの迫力でした。

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販売コーナーは、大盛況です。

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おこわや肉まん、いきなり団子が飛ぶように売れていきます。

お祭りの雰囲気に感覚がマヒして財布のひもが緩みまくりますw

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子どもも興奮しています。
子どもの頃に行ったお祭りの思い出は、一生モノですね。

こんな祭りを経験する事で心の中に地元愛が根付いていくものです。

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福引の景品交換所は、大混雑していました。

11

やっぱりお祭りには、特有のワクワク感を感じます。

これは日本のいい文化の一つだと思います。
このような伝統は長く受け継がれて欲しいものです。





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かつて佐賀市呉服元町のアーケードにあった、

「寿屋」のチラシを発見しました。

01


おそらく1984年頃の物だと思われます。

広告のコピーから、3月頃制作されたものでしょう。

02


テーブルやラックの値段を見ると、今と変わらない?


03


むしろディスカウントショップが増えた今の方が安いかも。


04

裏面は、家電品が中心です。


05


冷蔵庫は、このサイズでは当時安かったかも。

エアコンは、今と比べるとかなり高いですね。
今なら49800円とかで買えるので、3倍くらいします。


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こちらは、冷蔵庫とテレビ・ラジカセです。

注目すべきは、テレビとラジカセの値段です。
34800円と39800円とは、かなり高いです。

炊飯器とオーブントースターは、今とほぼ同じくらいの価格です。

その下にビデオテープの値段が書いてありますが、

L-500・900円、T-120・1000円となっています。

L-500とは、ベータビデオ用のテープで、
T-120は、VHS用のテープです。

どちらも標準モードで2時間録画出来たと思います。

でも標準モード(ベータではベータ2)で録画する事は、
よほど貴重な番組(映画とか)を録る時以外は、
使いませんでした。


通常は、6時間録れる3倍モード(ベータ3)で録画していたものです。


ビデオテープは、結構高かったのでTV番組を何度も上書き録画していて、
最後には、色むらとかノイズが出まくっていたものですw


07

自転車の値段は、今もほぼ変わっていないようです。

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この時点では、すでに学習机は木製になっていたようです。
その数年前前では、スチール製が普通でした。

価格も今とほぼ同じくらいですね。


新聞広告は、すぐに捨てるものなのでこのように残っている事が、
ほとんどありません。

あるとしたら、タンスの引き出しの中に敷いてある事が多いです。


しかし古い広告は、その当時の流行り物が分かったり忘れかけていたモノを
思い出させてくれる貴重な記録ですね。



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佐賀市大和町に、全国的にも珍しい貴重な文化遺産があります。

01


「しってんさん」です。

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古墳のように盛り上がった塚に「しってんさん」が、あります。

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「しってんさん」とは、四天王(してんのう)さんが変化して、
このように呼ばれるようになったらしいです。


04

このように四天王像が4体向かい合うように、設置してあります。


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設置されたのは、平安時代後期から室町時代にかけて作られたらしいですが、
詳しい事は、不明のようです。

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数百年の歳月を物語るように、風化が進んでいます。

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中央にある石塔です。

見学に来た時には、近所の人がお参りをしていました。

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いつ誰がこれを作ったのかは謎のようですが、
意外と身近な所にもこんな貴重な遺跡があるものです。



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