SAGA佐賀マニア~佐賀のマニアックな情報発掘

佐賀の歴史スポットや気になるお店、街歩きネタを発信しています。

カテゴリ: 街の風景

佐賀県内でもあまり見られなく無くなった昭和の団地。
今回は、佐賀市北川副町にある光法団地を訪ねて来ました。
01
ここは何棟もの家屋が建ち並んでいる、大規模な団地です。
03
正直こんな大きな団地が残っているとは驚きました。
04
早速団地内を散策してみます。
05
やっぱりというか、空き家が多いです。
06
広い団地内を歩いていると、
昭和の空間にタイムスリップしているかのような
気分になってくるほどです。
07
空き家は、住人がいなくなって何年も経っていると思われる所が多く、
劣化が進んできています。
13
1棟まるごと空き家も多いです。
14
無人になった月日を物語っているかのような、
劣化してボロボロになった雨戸を見ると、
何か胸にこみ上げてくるものがあります。
08
住人のほとんどいない棟が並ぶ中を歩いていると、
例によって”文明が滅んだあとの街”を想像してしまいます。

09
この辺りは、住人が居住している棟が並んでいます。
歩いて見た感じでは団地全体の3分の2の住居には、
住人はいないようです。

おそらく住んでいる人たちも、
高齢になられている方が多いと思われます。




10
ここは、駐車場として使われている場所です。

仕切りのロープが切れていたりして、
一部しか使われていないであろう事が窺えます。
11
A05棟です。

鉄の棟番号の錆びの具合がかなりひどく、
そう遠くない時期に落ちて来るかもしれません。
SnapCrab_NoName_2022-1-13_5-37-15_No-00
団地内を歩いていると、奥の方にアヤシイ車が停まっているのに、
気が付きます。
SnapCrab_NoName_2022-1-13_5-37-54_No-00
ナンバーが付いていない軽自動車です。
ここに乗り捨てているのでしょうか。

まだ放置されてからそれほど経ってなくて、
普通に動くようにも見えます。

団地の人のクルマなのか?
それとも誰かが乗り捨てて行ったのか?
12
そう言えば、子供の気配が全くない・・
とか思っていたら、
17
団地の中心に、公園がありました。
18
鉄棒は、錆びついていて最近使われた形跡は、ありません。
19
ブランコは、使用禁止になっていました。

最近は回転系の遊具は危険だという事で、
公園から撤去されているようですね。

ここで遊ぶ子供は、もういないのか?

とか思っていたら、
地面に最近書かれたようなアイアイ傘の絵を見つけて、
ちょっとホッとしました。
15
団地の端には、
住人の人達が管理していると思われる花壇があります。
16
冬なので当然花は咲いていませんでしたが、
ベンチとテーブルが置いてあったので、
団地の人たちの憩いの場となっているのでしょう。
20
光法団地の周りには、新しい住宅がどんどん建ってきているので、
団地に入るとそのギャップから、
よりノスタルジック感が増すようです。

いつまで存続するのかわかりませんが、
作り物の昭和ではなくて、
今でも現役なところに価値があるのかもしれません。

にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 佐賀県情報へ
にほんブログ村

昭和30年代から40年年代にかけて建てられた団地も、
最近はほとんど見られなくなっています。

佐賀市内に残るそんな団地の一つを訪ねて来ました。

01

一見して住人はほとんどいないだろうと思わせる雰囲気を
醸し出しています。

団地の前には、子供用の遊具がありましたが、
当然と言うか遊ぶ子供の姿は見えません。

03
団地内に入ると、予想通りかなり荒れています。

04
住人がいなくなってから何年も経っているようです。

05
建物に”C”と言う金属の文字が取り付けられているのに気が付きます。
どうやらC棟のようです。

06






08
空き家になった住居は、どんどん劣化していきます。

09
ここにごみを捨てに来るヤツがいるのでしょうか。
10
空き家の扉の郵便受けには、テープが貼られています。

ほっとくと、空き家と知らずにDMなんかがどんどん
突っ込まれてしまうのかもしれません。

11
荒れ果てようとしている団地を歩いていると、
最盛期の様子を想像してしまいます。

13
最近の映画やドラマの題材によくある、
”文明が滅んだあとの街”
が現実に存在しているかのようでもあります。

14
完全に空き家だけかと思っていたら、
この一軒だけは、住人がいるようです。
15
この団地がいつまで存在するのだろうか?
ここにいた人たちは、今どうしているのだろうか?
一軒だけの住人はどうなるのか?
日本で起きている少子高齢化問題の行きつく先はどうなるのか?

歩きながら、いろいろと頭を巡る団地訪問でした。



にほんブログ村 地域生活(街) 九州ブログ 佐賀県情報へ
にほんブログ村

PC内の整理をしていたら、
かつて佐賀市内にあった店舗の写真が見つかったので、
紹介します。


DXsaga2008

DXさが
(2001年頃撮影)

佐賀神社の裏にあった、ストリップ劇場です。

2003年頃まで存在していましたが、
たしか経営者が逮捕されて、閉店してしまったと思います。

宣伝カーも走っていた時期がありました。

今じゃ考えられないですが、あちこちの電柱にベニヤの看板とか、
掛けてあったのを見たことがあります。

中学生の時だったので、やたらと気になっていたのを思い出します。

IMG_2493

佐賀オーディオ
(2009年撮影)

旧長崎街道の通りで長年営業していました。

オーディオマニアが集まるような店だったんでしょうか。

店の前に、外車のバイク(たしかイタリアのドゥカティだったと思う)が、
よく停まっていました。バイク仲間も集まっていたようです。


IMG_3710

ふくみ食堂
(2009年撮影)

松原神社の鳥居の北側にあった、
典型的な昭和の大衆食堂でした。

たしか2013年頃には閉店していたようです。

IMG_3707

右の方に小さく写っている喫茶店も現在閉店しています。

ふくみ食堂は、その後別の食堂兼ギャラリー?に変わって営業していましたが、
2019年の水害で閉店して、白山で復活しているようです。




IMG_3431 コピー

坂田賛化堂書店
(2009年撮影)

県庁前の通りの佐賀県警本部の斜め前付近です。

一時多布施や東部環状線沿いにも店舗がありました。
いかにも古本屋のオヤジと言った感じの人が店番をしていました。

2010年初頭には閉店していたと思われます。

その後インテリアショップらしき店舗になっていましたが、
数年で閉店して、現在は料理屋?になっているようですが、
営業しているかは、不明です。

nishimuraonkodo2007

西村温故堂書店
(2007年撮影)

前回も取り上げた古書店です。

水ケ江商店街の、
現在一階が宅配寿司屋になっているビルの隣にありました。

坂田賛化堂と共に、
度々訪れていたため思い入れのある古本屋でした。

2007~8年頃まで営業していたのを覚えていますが、
その後ひっそりと閉店状態になったと思われます。

現在は、店舗も撤去されて更地となっています。

気になるのは、あのやさしそうなおばあさんの事。
いつも本を読みながら店番をしていた光景が忘れられません。

こんな古書店が、佐賀市内には他にも何軒かありましたが、
今はもう一軒もありません。

DSC00001

呉服元町アーケードの入り口です。
(2000年撮影)

DSC00002

この日は、ミニSLを走らせるイベントをやっていました。

左に見える衣料店のような店舗(元南里本店)は、
この数年後に火事で焼失しています。

NEC_0001

これがその時の写真です。

南里本店が閉店して、
その後ma'amマームと言う衣料品店に変わっていました。
そして2008年に火事になって、取り壊されています。

あと、656広場の方の入り口付近にあった店舗数店も、
2004年の火事で焼失して新しくなっています。

その時の写真です。
DSC02406

たまたま通りがかった時に、この状態になっていました。
DSC02407


古い密集した商店街は、どこか一軒から出火したらひとたまりもないですね。


2020年、年末の佐賀市内の様子を見に行こうと思って、
どこにしようか検討した結果、

以前歩いた、新道商店街がどうなっているのか気になったので、
新道商店街を再度歩いてきました。


01

松原神社角の交差点です。

02

交差点から新道商店街方向を見たところです。

03

かつて市民会館があった所は、病院になっています。

47
その市民会館が5年前に閉館した時の写真です。


04

この案内板にある店舗も大分閉店しているようです。

05


かつて質屋と映画館があった場所は、駐車場になっています。

06

映画館と質屋があった面影は、まったくありません。

48

ちなみに数年前、朝日館跡と質のニシカワがあった頃は、
こうなってました。

そこにあった建物が無くなると、
何があったのかは、あっという間に忘却の彼方に消え去ってしまうものです。


07

案内板の近くにある電話ボックス。

08

災害などに備えて、一定数の公衆電話を設置してるそうですが、
最後に公衆電話から電話をしたのはいつの事だっただろう?

テレホンカードなんかまだ存在しているのか?

09

札幌ラーメンで有名な、東洋軒です。
営業はしているようですが、どうもランチタイムだけのようです。

10

ここは、なんかしゃれた感じのショップというか、
何かの工房のようです。

11

古銭のアオナスは、普通に営業しています。

お客さんが頻繁に来るような店では無いですが、
長年存続しています。

どんな商売をしているのか?

12

その先の路地に入ってみます。


13

角には、狭い敷地にぴったりハマったような新築の家が売りに出されています。

14

この駐車場にも、かつては4階建て?のアパートがあって、
1階には、店舗が入っていました。

15

その向かい側の路地には、こんな昭和の雰囲気が残っています。

16

元の路地を奥に進みます。

17

喫茶ルパンは、営業しています。
おそらく昔からの固定客がほとんではないかと思われます。

18

その先は、古い建物はほぼ無くなっていて、
ホテル山水荘があった場所は、住宅地となっています。

19

この辺りも古い建物が建っていたと思いますが、
現在は、広い駐車場になっています。

20

今歩いてきた路地を振り返ると、こんな光景です。

21

新道商店街に戻ってきました。


22

大橋うなぎ店のメニューです。

うな玉丼が550円と安いですね。

23

その隣の花屋さんも営業しています。

24

向かいのRショップは、一応開いていますが、
ほとんどコンビニの末期のような状況です。

25

この豆店は、閉店しているようです。

26

歩いてきた通りを振り返ると、
こんな感じで多くの店舗のシャッターが閉まっています。

27

デジカメの普及で、写真のDPEショップは、無くなってしまいましたが、
写真館は存続しているところが多いようです。

やはりプロの写真撮影技術は、
デジタルになっても生かせるという事ですね。

29

そこから西側へ延びる通りです。
ご覧のようにシャッターが下りている店舗が多いです。

30

こんな小さな美容室は、地域に根付いているようで、
営業しているところが多いようです。

31

新道ストアーという個人経営のスーパーがあったところです。
閉店して10年近くになるでしょうか。

かつてはよく見かけた、
個人経営のスーパーもほとんど絶滅してしまいました。

この建物も撤去される日は、そんなに遠くないのかもしれません。

32

撤去されたと言えば、

ここには、100年近く続いたという文房具店がありましたが、
数年前に閉店して、駐車場になりました。

学校の側には必ずあった、文房具店もほとんど見なくなりましたね。

33

その向かい側にある自転車屋です。

佐賀市は、全国でも自転車屋が多いことで知られて?いましたが、
個人の自転車屋も大分少なくなってしまいました。

個人経営の自転車屋の経営者は、どこも高齢になられていますね。

今度来るときには、この自転車屋は存在しているのか?

34

その先を見ると、所々歯が抜けるように建物が無くなっています。

35

街の電気屋も技術があり地域に根差しているから、
大型量販店や通販があっても生き残れるのかもしれません。

36

10年くらい前までは、弁当屋やたこ焼き屋などそれなりに営業していましたが、
ほとんど閉店しています。

37

この辺りにも店舗が並んでいたはずですが、
ご覧のように駐車場と化しています。


39

ここにも店舗があったハズですが、通路となっています。

40

その先は、昭和30年代くらいから建っていると思われる店舗が連なっています。
昭和の光景として残しておきたい気はしますが、
そうはいかないでしょうね。

41

このたこ焼き屋から数店舗は、閉店してから何年も経っているようです。

42

振り返るとこんな感じです。

昭和30年代~40年代頃の年末の夕方は、
どれほど賑わっていたのだろうか。

43

この”とり一”というから揚げ屋は名物店らしく、
予約客が時折訪れていました。


45

この衣料店も商店街でずっと続いている店舗の一つです。

介護用衣料や通販などに活路を見出して、
上手くやっているのでしょうか。

ここが、新道商店街の東の端となっています。

50

そして水ケ江の商店街を、片田江の交差点方向に歩いていると・・・


51

空き地になっている場所に気が付きました。
ここは確か、古本屋があった場所です。

49

建物は撤去されていて、更地となっていました。

52

これは3年ほど前に撮影した写真です。
この時には、完全に閉店していました。

nishimuraonkodo2007

2008年頃撮影した、西村温故堂書店です。

最後に営業していた時期が、この頃です。

感じの良い優しそうなおばあさんと、
息子さんらしき人が店番をしていましたが、

徐々に開いている日が少なくなり、
やがてひっそりと閉店してしまったようです。

ここに古本屋があったことなど、
ほとんどの人は、忘却の彼方に消え去ってしまっているのかもしれません。

その後あのおばあさんと息子さん?は、どうなってしまったのか?

もう思い出の中だけの存在となってしましました。





佐賀市中心部の昭和30年代後半~40年ごろの写真のつづきです。



11

昭和39年千代町

前年出来た、アーケードの入り口です。

おばちゃん2人の佐賀弁の会話が聞こえてきそうです。


12

同じく昭和39年の旧長崎街道入口です。

大丸進物店の前のガソリンスタンドは、数年前まで存在していました。

停まっている車が、時代を感じさせます。

13

昭和40年の松原神社前の様子です。


14

昭和40年松原神社角の交番の側の映画ポスター看板です。

東宝・日活・東映・松竹・大映・新若草・大洋・朝日・平劇・有楽・昭和・駅前・グランド・若草

これだけの映画館があります。

15

昭和41年千代町

向こう側から車を避けながら向かってくるのは、
マツダオート3輪でしょうか。


16

昭和41年市民会館落成祝い

写っているのは、松原神社前のパチンコ屋のようです。
女性が踊りを踊っているのでしょうか。

右側のコカコーラの看板の”日本一食堂”が気になります。






17

昭和41年、佐賀城の北側の風景ですね。

昔ながらの瓦屋根の家屋しかありません。

右上には、市村記念体育館が写っています。



18

昭和39年3月の牛島橋です。

交通量は、まださほど多くは無かったのでしょうか。


19

昭和39年の佐賀中央郵便局と商工会館前の様子です。

郵便局は、今とほとんど変わらないように見えます。

商工会館前には、大きな”サロンパス”の看板があったんですね。

現在、商工会館跡にNHKの佐賀放送局が建てられつつあります。

20


貫通道路、佐嘉神社前付近の交通の様子です。


21

移転する前の佐賀市庁舎です。


22

東京オリンピック聖火リレーです。

「史上最大の人出」らしいですが、

先日のディズニーパレードとどちらが多かったのでしょうか。


23

材木橋付近とその東側の佐賀線のガード手前の様子です。


24


旧長崎街道の八戸付近でしょうか。

それにしてもこの頃は、まだ江戸時代の雰囲気がこれほど残っていたとは、
オドロキです。

今こんな景観があれば、世界遺産登録されていた・・・

と言うのは言い過ぎかもしれませんが、歴史的町並みとして有名になっていたかもしれません。


写っている3輪の小型車は、マツダK360だと思われます。
古い街並みに溶け込んでいるようでいいですね。

25

佐賀城の南のお堀には、かつて貸しボートがありました。
(1996年頃まで)

子供の頃何回か、乗った思い出があります。

しかし昭和30年代には、ボートレースが行われていたとは知りませんでした。


26

松原神社の新馬場通りです。

雰囲気は、今もあまり変わらないようですが、
大きな鳥居と灯篭があります。

道路は、まだ未舗装のようです。

27

アーケードが出来た翌年の呉服町付近の様子です。


左が錦通りの突き当たりで、南里があった所でしょうか。
右は、アーケード入口です。

本屋らしい看板が見えますが、もしかして大坪書店でしょうか。

28

昭和39年の片田江の交差点です。

懐かしのストライプ柄の市営バスやマツダオート三輪が写ってます。
バイクの運転手がヘルメットをしていないのも、時代を感じさせます。

この後昭和46年に歩道橋が架けられ平成11年まで存在していました。








↑このページのトップヘ