数年前まで、県立博物館の入り口に展示してあった、
鉄製の大砲が、いつの間にか無くなっていたと思ったら、

佐賀城本丸歴史館の庭に展示してありました。

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佐賀城の鯱の門をくぐると、目の前に鎮座しています。

博物館前に展示されていた時には、こんな砲座には乗ってなくて、
砲身も錆びて赤くなっていましたが、

現在は、黒く塗られて実際に配備されていた時と同じような、
砲座に乗せられています。


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24ポンドカノン砲の説明板です。

フェートン号事件、アヘン戦争に危機感を持った佐賀藩は、
短期間の内に鉄製大砲の鋳造に成功しています。


NHKの大河ドラマ”西郷どん”で話題の薩摩の島津斉彬も同様に危機感を持って、
反射炉の建設を行うなど、開明的な人物として有名ですね。


そして幕府からの注文で製造した大砲を、
江戸のお台場に設置しすることになりました。


今でこそお台場は、お台場海浜公園として、
東京の観光地と化していますが、


お台場の台場とは、砲台の事だと知っている人は、
どれくらいいるのでしょうか?


ちなみに24ポンドカノン砲の24ポンドとは、
砲弾の重さの事で、24ポンドは約10キログラムほどです。


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この大砲は、佐賀藩が鋳造したものでは無く、
1820年頃アメリカで製造された物の輸入品だそうです。


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この大砲は、前装式の大砲なので砲尾は開きません。

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このハンドルを回して、上下の調整をするようになっています。

砲身尾部の上には、小さな穴が開いていて点火するための火薬を盛るために、
少しへこんでいます。



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本丸歴史館の入り口前にも、貴重な大砲が3門展示されています。


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これが、アームストロング砲(レプリカ)です。

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こちらは、砲弾を後ろから込める後装式で、
砲身内部には、砲弾を回転させるための螺旋状の溝
(線状痕・ライフリング)が彫ってあります。

これにより砲弾が回転して飛ぶので、命中精度が格段によくなります。

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アームストロング砲の説明板です。

この大砲は、当時の最先端の技術が使われた大砲で、
砲身を作るのにも、筒を3段階ほど重ねたり、

先ほどの線状痕を彫るなど24ポンドカノン砲とは、
比較にならない高度な技術を要します。

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見るからに24ポンド砲とは、次元の違う近代的さを感じます。

砲尾は、(半回転または4分の一回転?)させると開くようになっていて、
砲弾(丸ではなく現在の砲弾と同じような形)と火薬(の袋)を込めて、
閉じます。

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そして、砲尾から突き出た棒状の信管(取り外せる)に点火薬を入れて、
雷管を叩くか、マッチのような摩擦で点火させる仕組みだと思われます。

アームストロング砲の欠点として、発射の圧力でこの信管が張り付いて、
抜けなく(にくく)なるといった問題があったようです。

いずれにしても、このアームストロング砲を作れたのは、
イギリス以外のヨーロッパでもごく一部の国しかなく、

アジアの一角でしかない佐賀で、これを独自に作ったという事は、
まさに驚愕に値します。



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そのアームストロング砲の傍らには、こんな小さな大砲が2門展示されています。
これは、モルチール砲という臼砲(きゅうほう)で、

臼(うす)に似ているから通称臼砲と呼ばれています。

この臼砲は、砲弾を放物線を描くように飛ばして、
城壁の向こう側や山や丘の反対側を攻撃するのに向いた大砲です。


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写真右側が、オランダ製となっています。

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左は、それを参考に(模倣)して佐賀で鋳造したらしい砲です。

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分厚い青銅製です。

砲弾は、前から込めます。

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見た目は小さいですが、重量は1.2トンもあるそうです。

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砲尾には、このような小さな穴が開いていて、
点火薬を盛ったり、導火線をさせるようになっています。

大砲マニアは、これらを見るだけで1時間くらいは過ごせるかもしれませんw

佐賀城本丸歴史館へお越しの際には、
ぜひこれらの大砲にも注目していただきたいです。










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