SAGA佐賀マニア~佐賀のマニアックな情報発掘

佐賀の歴史スポットや気になるお店、街歩きネタを発信しています。

幹線道路を走っていると、
たまに何やらアヤシイプレハブ小屋のような
小さな建物を目にする事があるかと思います。

あれが何かというと、みなさんご存じの、
アダルト系アイテムや、
DVD自販機が置いてある小屋ですね。

通りがかった時に、
いまだにあんな所で買う人がいるのか?
とか、最近あまり見かけなくなったな、

とか思っていたところ、

こんな本を見つけました。
B級ネタが好きなので、即購入して読んでみると、
著者が、全国のエロ自販機を車で巡って
現状を調査したという、驚くべき内容でした。

実は全国のエロ自販機小屋は、
急激にその姿を消していて、
すでにまったくない県も存在しているようです。

さらに現在存在している県でも、
先週まで稼働していたのが、

今週にはもうなくなっているというほど、
急激に数を減らしているようです。

今まで需要があった事に驚かされますが、
こんな事を一人で行った著者の情熱というか、
使命感に敬意を表したいほどです。

この本の中には、
長年自販機を扱ってきた業者への
インタビューがありますが、

90年代初頭のビデオ全盛期には、
かなり儲かっていた話や、
ヤバい商品を巡っての警察とのやり取り、

落ち目になってから現在までは、
一部の顧客のために、
なんとか続けていると言った、

この本を読まなければ知りえなかった、
業界の裏話が書かれていて、

非常に興味を惹かれるものがありました。

誰にでもお勧めできるような本ではありませんが、
B級ネタ好きにはたまらない本です。

この本を読んでから、
自販機小屋の事が気になるようになり、

佐賀の自販機小屋は、
どれくらい生き残っているのだろうか?

などと、常に意識するようになっていました。

そんな時、先日通りがかった自販機小屋に、
大きなお知らせが貼ってあったので、

思わず立ち止まりました。
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この”こっそり堂”と言う自販機小屋です。
”こっそり堂”とは、チェーン店の名称のようなものです。

業界最大手?のようですが、
他にもいくつかチェーン店があるようです。

ここは、多久から厳木に抜ける、
国道203号線の峠の頂上付近で、

もうだいぶ前から(80年代の終わりから90年初頭?)、
この自販機小屋が存在していました。
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通りがかるたびに、まだ存在していると、
安心?していたところ、

「閉店セール」の文字が眼に飛び込んできて、
思わず立ち寄りました。
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ここもついに閉店になるようです。
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アイテム増加と書いてあります。
ちょっと中を確認してみます。
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入り口は外から直接見えないように、
配慮されています。
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このように、左右に自販機が並んでいます。
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昼間は、反射して中が良く見えないようになっている
自販機が多いです。

ここに来る人は、夜がほとんどだと思われるので、
あえてこのように見えにくくしてあると、思われます。
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中には、そのような処置はしていない自販機もあります。11
露骨なパッケージのDVDではなく、
アイテム系の自販機でした。
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このようなコロナ対策品も、販売されていました。
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免許証を入れないと買えないようになっています。
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お札投入口です。
このお札が、閉店の理由の一つとなっています。
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新紙幣に対応させるのが大変なのと、
物価高で閉店となるようです。

日時は急に決まったのか、手書きで書いてあります。

8月29日停止決定となっています。

この日は8月26日だったので、
本当に直前でした。

なので現在すでに閉店となっています。
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どんな人が買いに来て、
月にどれくらいの売り上げがあったのか?

あの本によると、
ネットが使えない高齢者が、
買いに来る事が多いらしいですが、

閉店のお知らせを見て、
がっかりしたのでしょうか。

いろんな思いが巡ります。

あらゆるビジネスがネットで完結しようとしている昨今、
仕方のない事ですが、

間もなく閉店しようとしている自販機小屋を見ていると、
なんとなく一抹の寂しさを感じざるを得ませんでした。





佐賀の映画館跡を訪ねるシリーズ、
今回は、伊万里市大川野という地区を訪ねました。

ここには、大川映劇/大川野映劇と言う映画館があったようです。


大川映劇/大川野映劇
1955年以前開館。1963年以後1966年以前閉館。
1963年の所在地は伊万里市大川町中ノ辻。
佐賀県の映画館 - 消えた映画館の記憶より
01
筑肥線大川野駅です。
立派な駅舎が建っています。

この前筑肥線で伊万里へ行ったときに通過しましたが、
ここへ来るのは初めてです。

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一見古い駅舎に見えますが、
実は建て替えられていて資料館にもなっています。
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大川野は、山本駅と伊万里駅のちょうど中間辺りです。
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本数は、1時間から3時間に1本となっています。
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周辺の見所を紹介したマップ。
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近くの史跡を紹介した手作りのマップもあります。
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地元の小学生が卒業記念に描いた絵です。
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昔は近くに炭鉱があったようです。
昭和45年に閉山となっています。
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昭和13年の風景です。
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昭和初期の宮の瀬橋の写真との事です。

当時珍しい自動車が写っています。
近所の人たちが見に来ていますね。
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昭和44年10月の、御召列車が通過した時の写真です。
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ローカル駅特有の時間がゆっくり流れているかのような雰囲気が、
心地いいです。
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駅を離れて、近くを散策してみます。
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この辺りが中心街だと思われます。
これは、建設会社の建物です。
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ここは飲食店だったようですが、
かなり前に閉店しています。
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炭鉱があった頃は、賑やかな通りだったのでしょうか。
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Aコープがありました。かなり大きな店舗です。
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一応営業しているようにも見えましたが、
曜日や時間が限定されているようでした。
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その向かい側には、JAの建物があります。

AコープとJAの間は、非常に広い駐車場となっています。

もしかしたらこの場所に、
かつて映画館があったのかもしれません。

せっかくなので、住宅地の方へも歩いてみます。
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この辺りの住宅地は、空き家が目立ちます。
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空き家になって何年も経つような家屋も結構あります。
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向こうの住宅地にも行ってみます。
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こちらも空き家が目立ちます。
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向こうに見えている住宅のほとんどは、空き家です。
住人が少なくなったため、
あのAコープも半分閉店している状態になったのでしょうか。
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駅方面に戻る途中にあった、たばこ屋も閉店しています。

このような小さな個人商店で、
まだ営業している所はほとんど見かけなくなりました。
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駅前の通りです。
空き地が多いですが、もしかしたらこの通り沿いに、
映画館があったかもしれません。

場所は特定できませんでしたが、
かつて炭鉱があった頃は、
この通りにも商店が立ち並んでいたのでしょう。

なんとなく映画館があった頃の、
賑わっている様子が目に浮かぶようでした。

日本懐かし映画館大全
大屋 尚浩
辰巳出版
2021-06-01



佐賀の映画館跡を訪ねるシリーズ。
と言っても、映画館の建物はほとんど残ってないので、
ほぼ街歩きをしながら昭和の痕跡を確認するのが、
主な目的となっています。

今回は、唐津市相知町の映画館跡を訪ねながら、
街を散策してみました。

相知町には、相知座/相知映劇と言う映画館があったようです。
1955年以前開館。1963年以後1966年以前閉館。
1960年の所在地は東松浦郡相知町315。
1963年の所在地は東松浦郡相知町。
消えた映画館の記憶より
01
ここが唐津線・相知駅です。
02
駅付近の住宅地図です。
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駅舎は、唐津線の駅の中では立派な建物です。
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かなり大きく、隣にはキレイなトイレも併設されています。
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駅舎の中は、広くて明るい空間となっています。
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もうだいぶ前に、無人駅となっているようです。
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列車の本数は、1時間に1~2本程度です。
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ホームに出てみます。
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大きな歩道橋があります。
ちなみに唐津線は、単線です。
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しばらくホームにいましたが、
本数が少ないため列車は来ません。

また、利用する人も現れませんでした。

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駅の外の一角には記念碑がありました。
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村田英雄記念碑です。
ここ相知町は、村田英雄の出身地でした。
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しばらく駅にいましたが、誰も来ませんでした。
駅舎内は憩いの場、外は公園化されていますが、
利用する人は少ないようです。
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駅前の通りです。

かなり閑散としていますが、
ローカル線の駅前としては、こんなものでしょう。
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この橋には、佐賀と唐津を結ぶ国道203号線が通っています。
つまり今いる通りは、旧道という事です。
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この自動車屋の建物は、相当古そうです。
元は何だったのでしょうか。
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この飲み屋の建物は、崩壊寸前です。
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このJAの建物もかなり古い倉庫のようです。
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ここも昔は商店だったのかもしれません。
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バイパスが出来て、取り残されたような雰囲気が漂っています。
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店舗の多くは閉まっていますが、
昭和の光景の名残は色濃く残っています。

今となっては、この景色が貴重です。
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この”昭和タクシー”は、すでに何年も前から営業してないようです。
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多くの店舗は、何年も前から閉店しているようです。
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文化遺産級の家屋もちらほら見られます。
今ならリノベーションして、何らかの活用も出来そうです。
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車の往来も人通りも非常に少なく、
バイパスが出来た後の旧道の典型的な状況がここに見られます。
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曲面にタイルが貼ってある家屋が目に留まります。
もしかしたら昭和の個人医院だったのでしょうか。
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その近くには、村田英雄記念館がありました。
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このような記念館があるとは知りませんでした。

入ってみようかとも思いましたが、
ちょっと入りにくく、やめておきました。
年間どれほどの見学者が訪れるのでしょうか。

もしかしたらここが元映画館だったのかも?
と思いましたが、元銀行だったとの事です。


 
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風景に溶け込んでいるような”昭和バスのりば”
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この2つの建物などは、昭和初期かそれ以前から建っていそうです。
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元映画館だった建物を探して歩いていましたが、
それと特定できるような建物は見つかりませんでした。

閉館になって50数年も経っているので、
すでに存在していないのかもしれません。

まあ、そんなところが大半です。
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色褪せていますが、相知くんちのポスターです。

唐津くんちは有名ですが、
相知にも”相知くんち”があったとは、
知りませんでした。
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この建物などは、明治時代、もしかしたら、
江戸時代から存在していたようにも見えます。
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この建物も(片側半分が)映画館だった雰囲気が
無いことも無いですが、どうでしょうか。
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旧道とバイパスの合流点です。
右側の旧道を歩いてきました。
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旧道を駅の方へ戻る途中で、なんとなく脇道にそれてみます。
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するとこのような説明板が立っていて、
読んでみると、通りと平行に街道が通っていたようです。
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今立っている細い道が、佐賀と唐津を結ぶ旧佐賀街道の、
相知小路という事です。
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これが説明にあった、大日如来様の石像と梵字の石碑です。
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せっかくなので、旧街道を歩いてみます。
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しばらく歩くとスーパーの駐車場に出ました。
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その先にも街道が続いているかに見えましたが、
私有地の中に入って行くようなので、
先には進みませんでした。

映画館の跡は、分かりませんでしたが、

最近は街歩きをする事で偶然出会う、
こんな歴史スポット等を巡るという、

別の楽しみも出来ています。

今後は、今まで行ったことが無い、
小さな町にも足を延ばす予定です。

5月11日松原神社参道近くのアパートが火事で焼失しました。


この記事のアパートです。

ここが火事になって焼失したらしいので、
確認してきました。
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この奥ですが、
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入り口に規制テープが張られていて、奥には入れませんでした。
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しかしここから見ても、ほぼ焼け落ちている事がわかります。
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入り口にある店舗は、焼けてはいませんが、
消火活動で店内はグチャグチャになっているようです。
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裏に回ってみると、
ほぼ骨組みだけとなっていました。

2階に住んでいた方が亡くなられたとの事です。

ここから焼けたアパートを見ていると、
どんな暮らしをしていたのだろうなど、
色々と思いが巡りました。

ご冥福をお祈りいたします。

佐賀の映画館跡を訪ねるシリーズ。
伊万里(市内)編です。
01
実は、去年の10月にロマ佐賀列車で唐津を訪ねた時、
ついでに伊万里も訪ねていました。
03
唐津駅に停車中の、筑肥線のロマ佐賀列車です。
1両編成となっています。
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これに乗って伊万里へ向かいます。
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筑肥線で伊万里へ行くのは初めてです。
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いい感じのローカルな駅へ停車していきます。
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伊万里駅へ到着しました。
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伊万里駅周辺は、再開発が終わって見違えるほど整備されています。
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以前の駅前がどうなっていたか分からないほど、
激変していました。
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伊万里と言えば、伊万里焼という事で、
商店街の入り口には、こんな焼き物の人形が立てられていました。
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駅から続くメインストリートですが、
シャッターが下りている店舗も目立ち、
あまり賑わいはありません。
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伊万里の海岸には、カブトガニが産卵にやって来るので、
こんなタイルがはめられていました。
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伊万里市内には、以下のような映画館がありました。

1、伊万里大映/伊万里大映映画劇場/伊万里大映劇場

1958年以後1960年以前開館。1970年以後1973年以前閉館。
1970年の所在地は伊万里市伊万里町甲413。

2、銀映劇場/銀映映劇/伊万里銀映伊万里銀映映画劇場/
伊万里銀映劇場/伊万里国際第2映劇/伊万里国際映劇/
伊万里第二国際

1955年以後1958年以前開館。1988年以後1990年以前閉館。
1985年の所在地は伊万里市浜町甲541。
跡地は「浜町交差点」南西40mにあるビル。

3、国際映劇/伊万里国際映画劇場/伊万里国際映劇/
伊万里第二国際映劇/伊万里国際劇場

1952年8月開館。1990年以後1992年以前閉館。
1990年の所在地は伊万里市浜町甲545。
伊万里市最後の映画館。
跡地は「国道204号浜町交差点」西南西60mにある駐車場


4、喜楽館/伊万里東映/伊万里喜楽館/伊万里東宝喜楽/
伊万里東宝喜楽館

1955年以前開館。1988年以後1990年以前閉館。
1985年の所在地は伊万里市浜町甲503。
跡地は「国道204号浜町交差点」南西60mにある雑居ビル。


5、大洋映画劇場/ニュー大洋/伊万里ニュー大洋映画劇場

1955年以前開館。1966年以後1969年以前閉館。
1966年の所在地は伊万里市東新町甲273。


「佐賀県の映画館 - 消えた映画館の記憶」より

20
この大きな交差点の手前にある通りが、
「映画館通り」と呼ばれる通りです。
映画館がなくなった今でも通りの名はそのままのようです。
21
今は飲み屋街となっています。
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このビルが伊万里第二国際だったのでしょうか。
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その斜め向かいにあるこの建物が、
伊万里東宝喜楽館だったビルのようです。
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飲み屋が数件入った雑居ビルです。
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映画館だった面影は見られません。
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この駐車場の場所に、伊万里国際劇場があったようです。
1990年頃まで存在していた、伊万里最後の映画館だったそうです。
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もう1館、伊万里大映劇場と言う映画館が、
この付近にあったようです。

非常に狭い通りですが、
4館もの映画館があった事に驚かされます。

最盛期には、どれほどの賑わいだったのだろうと思っていたら、
昭和30年代の映画館の写真が掲載されている
ホームページがありました。

【NPO法人まちづくり伊萬里】

 

025映画館通り(浜町)
NPO法人まちづくり伊萬里より

昭和37年の映画館通りです。
193東映
NPO法人まちづくり伊萬里より

この東映は、後の伊万里東宝喜楽館です。
22
現在この飲み屋雑居ビルとなっています。
192大映劇場
NPO法人まちづくり伊萬里より

この大映劇場は、場所が分からなかったのですが、
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実はこの
伊万里国際劇場があった駐車場と、
同じ場所だったようです。
同じ場所に2館あったのでしょうか。

次に伊万里ニュー大洋映画劇場があった付近へ移動します。
SnapCrab_NoName_2023-5-21_10-19-9_No-00
場所ははっきりしませんが、古伊万里通りにあったのかもしれません。
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途中、こんな蔵のような建物があると思ったら、
公衆トイレでした。
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この辺りは、昭和の街並みが残っています。32
築50年以上は経っているような建物が、
多く見られます。
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もう使われていない建物も目立ちます。
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ここはたしか以前アーケード街だったと思いますが、
かなり寂れてしまっています。
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そう言えば、あの黒澤明監督の資料館、
「黒澤明記念館サテライトスタジオ」
があったのはこの辺りだったな・・

などと思いながら歩いていました。
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それにしても商店街の賑わいは、ほとんどありません。
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もしかしたらサテライトスタジオは、
この建物だったのかもしれません。

いやわかりませんが、
なんとなくこんなイメージだったような?

それにしても、もったいない話です。

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ネットカフェが営業していました。
人通りが少ない中、大丈夫だろうかと心配になるほどです。
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昔ながらの建物が崩れそうなのを修理しているのでしょうか。
昔の建物をリノベーションして、
カフェなどにするのかもしれません。
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もしかしたら商店街の通りではないのかもと思って、
大きな通りの方も確認してみます。
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このカラオケの建物は、元映画館のようでもあります。
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ここが映画館だった雰囲気はあります。

せっかくなので、近くを散策してみます。
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閉店して何年にもなるような、個人商店が目立ちます。
ここは、お茶・たばこ店だったようです。
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ここは花屋だったようです。
45
ここは衣料店が並んでいたのでしょうか。
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自販機が並んでいますが、電源は入っていませんでした。
店舗は酒屋だったかもしれません。
47
ここはかなり古い建物で、やや傾いています。

看板の電話・下宿・貸間・建物・土地から、
不動産屋だったと思われます。
48
ここは小さな飲み屋だったのでしょうか。

駅前をちょっと離れると、
まだ昭和の名残が結構残っていましたが、
現在空き家がどんどん取り壊されているので、

これらの空き店舗も数年後には、
無くなっているのかもしれません。
49
伊万里駅に戻ってきました。

さっきの昭和の名残の通りと比べると、
別の街に来たかのように整然としています。
50
また筑肥線に乗り、山本駅で唐津線に乗り換え、
佐賀へと戻りました。


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