SAGA佐賀マニア~佐賀のマニアックな情報発掘

佐賀の歴史スポットや気になるお店、街歩きネタを発信しています。

佐賀玉屋本店の建物が建て直されることになり、
8月18日で現ビルでの営業が終了しました。
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最終営業日前日の8月17日に、店内の様子を見に行ってきました。
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1965年(昭和40年)12月1日にオープンしています。
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そして運営が変わり、建て替えられることになりました。
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本当に何年振りだろうと言うくらい久しぶりに中に入ります。
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当時からずっと動き続けているエスカレーターです。
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婦人服売り場です。
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紳士服売り場は、すでに商品が撤去されていました。
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今見ると、それほど広くはない空間が広がっています。
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最上階へ上がります。
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最上階でイベントをやっていたからです。
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多くの人達が思い出作りにやって来ていました。
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かつて屋上にあった、小さな遊園地を再現したコーナーです。
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当時のように子供が乗り物に乗って遊んでいました。

屋上にはゲームコーナーもあって、
親に連れて行ってもらった時は、
いつもゲームコーナーで待っていたのを思い出します。
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メッセージボードは多くの言葉で埋まっていました。
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これは案内係の歴代制服です。

入り口から入ってすぐの所に、
こんな制服を着た女性がいたのを覚えています。
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こちらは花形のカードに書かれたメッセージが、
たくさん貼られています。
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玉屋への思い入れが込められたメッセージで溢れていました。
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ゾンビランドサガRのメッセージパネル。
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創業者田中丸善蔵の銅像。
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大きな鉄道ジオラマまで設置してありました。

パネルには昔の新聞記事が時系列で貼ってありました。
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昭和8年の新聞記事
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昭和8年の年末商戦の記事。
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昭和9年春の商戦記事。
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昭和9年7月のお中元広告。
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昭和9年11月の広告。
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昭和10年頃のバーゲン品価格。
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昭和28年12月の配達地域。
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昭和32年1月の冬物衣料の価格。
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昭和40年12月1日、前日の内覧会を報じた記事。
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12月1日の開店時には4万人が押し寄せたらしい。
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オープンを知らせる広告。
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昭和41年10月28日、160年記念祭の広告。
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その頃の商品価格。
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昭和49年10月3日、タマヤ家具サロンオープンの広告。

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昭和55年7月2日、玉屋新館オープンの記事。
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新館オープン時に3万人が押し寄せ売り上げ2億円。
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日裕やダイエー、ユニード、西友、南里の店長や部長の採点。
今はどこも残ってないですね。
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昭和55年7月の広告。
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平成8年5月23日には、サッチャー元首相が来店されています。
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平成10年7月24日空港ショップオープンの広告。
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平成11年10月22日、兵庫ショップオープンの記事。
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降りる時は、階段を使うことにします。
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階段を降りていると、建物の古さを感じます。
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ついでに通称”玉ちか”と呼ばれる、
デパ地下へ行ってみます。
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そう言えば、
たしか玉屋の饅頭を作っている機械があって、

流れ作業のように饅頭が出来ている所を
見ていたのを思い出しましたが、

あれはいつまであったのか?
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一回りしましたが、
デパートらしい品格のような雰囲気は感じても、

今の他店舗の売り場と比べると、
古くなった感は否めません。
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この姿も見納めかと思うと、やはり寂しさを感じます。


映画館跡を訪ねながら、街歩きするシリーズ、
今回は大町町です。

大町町には、以下のような映画館が存在していたようです。

●大福座
所在地 : 佐賀県杵島郡大町村(1936年)
開館年 : 1930年以後1936年以前
閉館年 : 1936年以後1941年以前

●大黒館
所在地 : 佐賀県杵島郡大町村(1936年)
開館年 : 1930年以後1936年以前
閉館年 : 1936年以後1941年以前

●親和館
所在地 : 佐賀県杵島郡大町町2405(1941年)
開館年 : 1935年11月
閉館年 : 1965年頃

●大町東映/大町映画劇場
所在地 : 佐賀県杵島郡大町町福母(1960年・1963年)、佐賀県杵島郡大町町大字福母410(1966年・1968年)
開館年 : 1959年頃
閉館年 : 1968年頃

消えた映画館の記憶より

戦前に閉館した映画館が2館、
1965年から1968年にかけて閉館した映画館が2館となっています。
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ここは大町町健康広場オリオンプラザです。
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奥の建物は、大町町公民館です。
ここからスタートします。
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すぐ向かい側には、小さな商店と住居がありますが、
住居の隣には稼働してないような自販機と、
ゴミが散らかっています。
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商店はもう営業していないように見えます。
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この先が商店街となっています。
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ここは居酒屋だったようです。

入り口の暖簾の劣化具合から、
閉店して何年も経っているのが窺えます。
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ここは閉まっていると思ったら、営業していました。
カフェ?ではなかったかと思います。
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この空き地にも店舗があったのでしょうか。
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商店街の中心部に入りましたが、
シャッターが降りている店舗が目立ちます。

ちなみにこの通りは、旧長崎街道です。
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ここは元靴屋です。
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ここは何のお店だったのでしょうか。
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もちろん営業している店舗もありますが、
商店街の半分はシャッターが降りているような印象でした。
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商店街の道路は、洒落たレンガ風になっています。
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公衆トイレがある広場ありました。
イベントなどに使われているのかもしれません。
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古い店舗跡もありました。
宿場町の名残を感じます。
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このような街の電気店は、
どこでも営業している事が多いです。
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商店街には人通りが少なく、
寂しい雰囲気ですが、

炭鉱が閉山する前は、大勢の人で賑わっていたそうです。
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映画館ですが、この通りにあったようです。
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この大町郵便局が大町東映だったそうです。
1968年閉館となっています。

駐車場まで含めると結構広い敷地なので、
そこそこ大きな映画館だったのかもしれません。
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向かいにある元店舗兼住宅は空き家でした。
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郵便局を裏から見たところです。
映画館はどんな建物だったのでしょうか。

戦前の2館と1965年まで存在していたという、
親和館という映画館の場所はわかりませんでした。
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その先も散策してみます。
この通りは神社の参道でもあるようです。

左の写真館は営業していました。

現像・プリントの店は消えても、
写真館のように撮影の技術を持っている所は、
続いています。
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商工会館の建物は古そうです。
映画館が営業している頃から存在していそうな雰囲気です。
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参道の入り口の鳥居です。
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店舗のほとんどは閉まっています。

レンガ造りっぽいオシャレな喫茶店も閉まっていて、
扉のガラスが割れています。

商店街はここまでで、
鳥居の向こうには、大町駅があります。
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国道34号線を渡って大町駅へ行ってみます。
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駅舎の大部分は、大町ふるさと館という店舗になっていました。29
佐賀のご当地アニメ”ゾンビランドサガ”のマンホールがありました。
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隣にはSLが展示されています。
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屋根は付いていますが、状態は悪いです。
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とは言え、近くで細部を見る事が出来るSLはそんなに無いので、
貴重です。
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歩道橋から見た34号線です。
大手企業の工場などもありますが、

商店街は非常に寂しいことになっていました。
車で10分か20分でショッピングモールへ行けるので、

商店街で買い物をする人は、
ほとんどいなくなっているようです。

これは今まで訪ねた街のほとんどに共通している事ですが、
やはり寂しさを感じてしまいます。


追記

コメントでいただいた情報により、
閉館後の親和館の写真が、

大町町のホームページに掲載されている事がわかりました。
shinwa
http://omachihasuike.web.fc2.com/Tourism.html

現在は解体されているようですが、
かなり大きな映画館だったことがわかります。

つい先日、あの去年閉店した、
ア〇ルト自販機小屋”こっそり堂”の前を通りがかった時、



なんと”オープン”と言う文字が目に飛び込み、
慌てて停車。
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本当にオープンしているのか?
しかもアイテム増加!
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本日再開とはいつの事なのか?
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本当に再開したのか?
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閉店した自販機小屋が復活することなどあるのだろうか?
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中を確認してみます。
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本当に自販機が稼働しています。
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DVDよりおもちゃ系?が多い感じです。
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新札に対応させるのが難しいのが、
閉店する理由の一つだったハズ。

まだ新札が出てないので、
当然対応してないでしょう。

しばらくは旧札の方が多く流通しているから、
大丈夫という事でしょうか。
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奥の部屋にも入ってみます。
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まあ、変わりは無いですね。
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一番端の自販機は使われていませんでした。
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この空のケースは、買った人が中身だけ出して、
捨てていったものでしょうか。
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”こっそり堂”と言う看板が無い事から、

もしかしたら別の経営者に、
引き継がれたのかもしれません。

しかしいったん閉店した自販機小屋が復活するとは、
驚きました。

減る一方だと思っていたのに、
再開するとは・・

ここの売り上げが良かったのでしょうか。

それでもこの販売スタイルで、
いつまで営業できるのか?

ここは定期的に確認していこうと思います。

佐賀県各地の映画館跡を訪ねながら、
街歩きをするシリーズ。

と言っても、

今や映画館跡の建物などはほとんど残っていないので、
ほぼ街歩き記事となっています。
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基山町は佐賀県東部に位置して、
福岡県と接する町です。

ここは通過した事はあるものの、
街歩きするのは初めてです。
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江戸時代には、長崎街道の宿場町だったようです。
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基山(きざん)にある草スキー場や、
つつじ寺で有名な、大興善寺があります。

また基山は、1350年前に築かれた
古代の城跡がある事でも知られています。

ここには、以下のような映画館がありました。
銀星
佐賀県三養基郡基山町(1961年・1962年・1963年)
開館年 : 1960年頃
閉館年 : 1963年頃
1960年の映画館名簿には掲載されていない。
1961年・1962年・1963年の映画館名簿では「銀星」。
1964年の映画館名簿には掲載されていない。
消えた映画館の記憶より
https://hekikaicinema.memo.wiki/

銀星という映画館が、
1960年頃から1963年頃まで存在していたようです。


ちょうどテレビの普及期と重なったため、
わずか3年ほどで閉館となったのでしょう。
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駅から延びる大きな交差点です。
ここから駅の方へ向かいます。
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ここには、Aコープ基山店がありますが、
すでに閉店しています。
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建物についていたマップに何か情報が無いか確認しましたが、
特にこれと言った情報は見つかりませんでした。
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この建物がかなり古そうで、
大きさや看板など、元映画館に見えなくもありません。
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近くに大きなスーパーが出来ているので、
閉店してしまったのでしょう。
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Aコープの隣は農協の建物があり、
裏は広い駐車場となっています。
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横断歩道を渡り、駅へ向かいます。
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ここは地元のスーパーです。
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道を隔てた向こう側には、
こじんまりとした、ショッピングモールがあります。
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奥に見えるのが基山駅です。
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そこそこ大きな駅です。
駅前は再開発で古い建物などは見当たりません。
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基山の散策マップ
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福岡へのアクセスがいいので、
駅の利用者も結構多いのかもしれません。
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地元の工芸品が展示されているスペースです。
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お笑い芸人”どぶろっく”の出身地が基山らしいです。
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あのキングダムの作者も基山出身でした。
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JR以外に、甘木鉄道の駅も併設されています。
基山は色々と利便性が高いようです。
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駅を一通り確認した後、
旧街道沿いを歩いてみました。
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意外とこのような旧家がいくつも残っていました。
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ここから見ると、往時の雰囲気が良く残っています。
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ここは元旅館だったのでしょうか。
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ちょっと気になったのが、この建物です。
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川崎屋という、元小さなスーパーらしき店舗跡です。

閉店してからかなりの年月が経っているように見えますが、

この建物がなんとなくその前は、
映画館だったのではないだろうかと思わせる外観です。

小さな映画館だった雰囲気があります。
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その先も旧街道の面影が残っています。
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ここも元旅館だったのかもしれません。
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そのすぐ先は、橋があって、
大きな道路が通るアンダーパスになっています。
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その先は左側にあったであろう建物は、
撤去されていて更地になっています。
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さらにその先には、長崎街道の小さな案内板があり、
そこを曲がると、
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このように古い建物が残っていました。
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ここは江戸時代から存在しているような建物です。
34a
清酒基峰鶴キホウツルの看板がある事から、
酒蔵でしょうか。
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銀星の場所は特定できませんでしたが、

駅前にあったとしたら、
再開発で建物も無くなっていると思われます。

あの川崎屋がちょっと怪しいですが、
どうなのでしょうか。

それにしても、
旧街道沿いに往時を思わせる古い建物が、
何軒も残っているのには驚きました。

保存整備すれば、
ちょっとした観光名所にもなりそうです。


佐賀県各地の映画館跡を訪ねながら、
街歩きをするシリーズ、

今回は、江北駅から長崎街道を歩いて、
小田宿の街並みを散策しました。
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肥前山口駅から駅名が変わって、
江北駅となりました。
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西九州新幹線が開業するまで、
JR最長片道切符のゴールの駅として、
鉄オタの間で知られていた駅です。
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駅の隣にはオシャレな店舗が軒を連ねています。
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向かい側には、閉店した昭和の店舗が目につきます。
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駅前は、典型的なローカル駅前の雰囲気です。
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この通りは、街道の雰囲気を残しています。
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なかなかいい雰囲気の廃店舗です。
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右は閉まっていますが、左はまだ営業しているようです。
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長崎街道を歩いて、小田宿へ向かいます。
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こんな真っすぐな道を2キロほど歩きます。
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小田宿入り口の小田ショッピングセンター。
閉店して数年は経っているようです。
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その向かいにある店舗も何年も前に閉店しているようです。
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この先がメインストリートです。

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小田宿の案内図がありました。
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先ほどの江北駅(肥前山口駅)との位置関係です。
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昭和45年に閉山された杵島炭鉱時代には、
かなりの賑わいを見せていたようです。
映画館もあったと書いてあります。

しかし残念ながら場所までは、書いてありません。

ここには以下のような映画館があったようです。

大和館

佐賀県杵島郡江北町(1953年・1955年)、
佐賀県杵島郡江北町上小田2247(1958年)、
佐賀県杵島郡江北町上小田(1960年・1963年・1964年)
開館年 : 1950年以後1953年以前
閉館年 : 1964年頃
杵島東映
所在地 : 佐賀県杵島郡江北町上小田(1960年・1963年)、
佐賀県杵島郡江北町(1965年)
開館年 : 1959年7月11日
閉館年 : 1965年頃

1959年7月11日、杵島郡江北町上小田に「杵島東映」が開館した。
木造一部鉄筋造平屋建て。建坪560平方メートル。定員700人。
東映と大映の二番館。

消えた映画館の記憶より
https://hekikaicinema.memo.wiki/

いづれも1965年までに閉館しています。
1965年前後に閉館している映画館は本当に多いですね。
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ここが中心街です。
しかしシャッターが降りている店舗が目につきます。
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元薬屋
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元肉屋
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元雑貨屋
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元食料品店
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とにかく閉店している店舗が多いです。
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炭鉱があった頃には多くの人で賑わっていたのでしょうか。
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長崎街道の道標がありました。
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放置された車が縦に並んでいます。
かなりの車好きの人だったようです。

映画館の名残があるかどうか、
街中を一通り歩いてみました。
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この建物などは映画館のような雰囲気があります。

700人規模の映画館だと、
もしかしたらあのスーパーの場所だったのか?
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閉館して60年近く経とうとしている現在、
建物が残っている事を期待するのも無理がありますが、

建物が無くなっていても、
当時の様子を想像しながら歩いていると、

寂れてはいても街の歴史を肌で感じる事が出来るのが、
街歩きの魅力です。

●追記(12月14日)

コメントを頂いた方からの情報により、
杵島東映の場所が判明しました。
SnapCrab_NoName_2023-12-14_10-6-6_No-00
この農業用倉庫のような大きな建物が、
杵島東映跡でした。
SnapCrab_NoName_2023-12-14_10-12-22_No-00
場所は、小田宿の中心からやや外れた所で、
長崎街道が旧道とバイパスに分かれている分岐点のちょっと先です。

今はもう解体されて存在していませんが、
グーグルマップには、まだ建物が写っていました。

ほんの数年前まで存在していたようです。
さらにこの江北町のあゆみを紹介した動画の、
3:33秒辺りに、杵島東映の姿が写っています。
Screenshot 2023-12-14 at 00-13-08 江北町のあゆみ ~町制60周年記念~
https://www.youtube.com/watch?v=VJnsXFWprEQ
これがその姿です。

これは映画館として建てられたと言うより、
農業用倉庫を改造して映画館にしたものに見えますが、
どうなのでしょうか。

いずれにしても、貴重な写真です。
発見していただきありがとうございました。


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