SAGA佐賀マニア~佐賀のマニアックな情報発掘

佐賀の歴史スポットや気になるお店、街歩きネタを発信しています。

カテゴリ: 佐賀の記憶


佐賀の映画館跡を訪ねるシリーズ、
今回は、伊万里市大川野という地区を訪ねました。

ここには、大川映劇/大川野映劇と言う映画館があったようです。


大川映劇/大川野映劇
1955年以前開館。1963年以後1966年以前閉館。
1963年の所在地は伊万里市大川町中ノ辻。
佐賀県の映画館 - 消えた映画館の記憶より
01
筑肥線大川野駅です。
立派な駅舎が建っています。

この前筑肥線で伊万里へ行ったときに通過しましたが、
ここへ来るのは初めてです。

02
一見古い駅舎に見えますが、
実は建て替えられていて資料館にもなっています。
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大川野は、山本駅と伊万里駅のちょうど中間辺りです。
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本数は、1時間から3時間に1本となっています。
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周辺の見所を紹介したマップ。
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近くの史跡を紹介した手作りのマップもあります。
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地元の小学生が卒業記念に描いた絵です。
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昔は近くに炭鉱があったようです。
昭和45年に閉山となっています。
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昭和13年の風景です。
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昭和初期の宮の瀬橋の写真との事です。

当時珍しい自動車が写っています。
近所の人たちが見に来ていますね。
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昭和44年10月の、御召列車が通過した時の写真です。
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ローカル駅特有の時間がゆっくり流れているかのような雰囲気が、
心地いいです。
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駅を離れて、近くを散策してみます。
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この辺りが中心街だと思われます。
これは、建設会社の建物です。
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ここは飲食店だったようですが、
かなり前に閉店しています。
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炭鉱があった頃は、賑やかな通りだったのでしょうか。
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Aコープがありました。かなり大きな店舗です。
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一応営業しているようにも見えましたが、
曜日や時間が限定されているようでした。
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その向かい側には、JAの建物があります。

AコープとJAの間は、非常に広い駐車場となっています。

もしかしたらこの場所に、
かつて映画館があったのかもしれません。

せっかくなので、住宅地の方へも歩いてみます。
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この辺りの住宅地は、空き家が目立ちます。
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空き家になって何年も経つような家屋も結構あります。
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向こうの住宅地にも行ってみます。
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こちらも空き家が目立ちます。
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向こうに見えている住宅のほとんどは、空き家です。
住人が少なくなったため、
あのAコープも半分閉店している状態になったのでしょうか。
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駅方面に戻る途中にあった、たばこ屋も閉店しています。

このような小さな個人商店で、
まだ営業している所はほとんど見かけなくなりました。
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駅前の通りです。
空き地が多いですが、もしかしたらこの通り沿いに、
映画館があったかもしれません。

場所は特定できませんでしたが、
かつて炭鉱があった頃は、
この通りにも商店が立ち並んでいたのでしょう。

なんとなく映画館があった頃の、
賑わっている様子が目に浮かぶようでした。

日本懐かし映画館大全
大屋 尚浩
辰巳出版
2021-06-01



5月11日松原神社参道近くのアパートが火事で焼失しました。


この記事のアパートです。

ここが火事になって焼失したらしいので、
確認してきました。
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この奥ですが、
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入り口に規制テープが張られていて、奥には入れませんでした。
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しかしここから見ても、ほぼ焼け落ちている事がわかります。
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入り口にある店舗は、焼けてはいませんが、
消火活動で店内はグチャグチャになっているようです。
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裏に回ってみると、
ほぼ骨組みだけとなっていました。

2階に住んでいた方が亡くなられたとの事です。

ここから焼けたアパートを見ていると、
どんな暮らしをしていたのだろうなど、
色々と思いが巡りました。

ご冥福をお祈りいたします。

佐賀の映画館跡を訪ねるシリーズ。
伊万里(市内)編です。
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実は、去年の10月にロマ佐賀列車で唐津を訪ねた時、
ついでに伊万里も訪ねていました。
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唐津駅に停車中の、筑肥線のロマ佐賀列車です。
1両編成となっています。
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これに乗って伊万里へ向かいます。
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筑肥線で伊万里へ行くのは初めてです。
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いい感じのローカルな駅へ停車していきます。
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伊万里駅へ到着しました。
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09
伊万里駅周辺は、再開発が終わって見違えるほど整備されています。
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以前の駅前がどうなっていたか分からないほど、
激変していました。
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伊万里と言えば、伊万里焼という事で、
商店街の入り口には、こんな焼き物の人形が立てられていました。
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駅から続くメインストリートですが、
シャッターが下りている店舗も目立ち、
あまり賑わいはありません。
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伊万里の海岸には、カブトガニが産卵にやって来るので、
こんなタイルがはめられていました。
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伊万里市内には、以下のような映画館がありました。

1、伊万里大映/伊万里大映映画劇場/伊万里大映劇場

1958年以後1960年以前開館。1970年以後1973年以前閉館。
1970年の所在地は伊万里市伊万里町甲413。

2、銀映劇場/銀映映劇/伊万里銀映伊万里銀映映画劇場/
伊万里銀映劇場/伊万里国際第2映劇/伊万里国際映劇/
伊万里第二国際

1955年以後1958年以前開館。1988年以後1990年以前閉館。
1985年の所在地は伊万里市浜町甲541。
跡地は「浜町交差点」南西40mにあるビル。

3、国際映劇/伊万里国際映画劇場/伊万里国際映劇/
伊万里第二国際映劇/伊万里国際劇場

1952年8月開館。1990年以後1992年以前閉館。
1990年の所在地は伊万里市浜町甲545。
伊万里市最後の映画館。
跡地は「国道204号浜町交差点」西南西60mにある駐車場


4、喜楽館/伊万里東映/伊万里喜楽館/伊万里東宝喜楽/
伊万里東宝喜楽館

1955年以前開館。1988年以後1990年以前閉館。
1985年の所在地は伊万里市浜町甲503。
跡地は「国道204号浜町交差点」南西60mにある雑居ビル。


5、大洋映画劇場/ニュー大洋/伊万里ニュー大洋映画劇場

1955年以前開館。1966年以後1969年以前閉館。
1966年の所在地は伊万里市東新町甲273。


「佐賀県の映画館 - 消えた映画館の記憶」より

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この大きな交差点の手前にある通りが、
「映画館通り」と呼ばれる通りです。
映画館がなくなった今でも通りの名はそのままのようです。
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今は飲み屋街となっています。
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このビルが伊万里第二国際だったのでしょうか。
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その斜め向かいにあるこの建物が、
伊万里東宝喜楽館だったビルのようです。
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飲み屋が数件入った雑居ビルです。
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映画館だった面影は見られません。
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この駐車場の場所に、伊万里国際劇場があったようです。
1990年頃まで存在していた、伊万里最後の映画館だったそうです。
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もう1館、伊万里大映劇場と言う映画館が、
この付近にあったようです。

非常に狭い通りですが、
4館もの映画館があった事に驚かされます。

最盛期には、どれほどの賑わいだったのだろうと思っていたら、
昭和30年代の映画館の写真が掲載されている
ホームページがありました。

【NPO法人まちづくり伊萬里】

 

025映画館通り(浜町)
NPO法人まちづくり伊萬里より

昭和37年の映画館通りです。
193東映
NPO法人まちづくり伊萬里より

この東映は、後の伊万里東宝喜楽館です。
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現在この飲み屋雑居ビルとなっています。
192大映劇場
NPO法人まちづくり伊萬里より

この大映劇場は、場所が分からなかったのですが、
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実はこの
伊万里国際劇場があった駐車場と、
同じ場所だったようです。
同じ場所に2館あったのでしょうか。

次に伊万里ニュー大洋映画劇場があった付近へ移動します。
SnapCrab_NoName_2023-5-21_10-19-9_No-00
場所ははっきりしませんが、古伊万里通りにあったのかもしれません。
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途中、こんな蔵のような建物があると思ったら、
公衆トイレでした。
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この辺りは、昭和の街並みが残っています。32
築50年以上は経っているような建物が、
多く見られます。
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もう使われていない建物も目立ちます。
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ここはたしか以前アーケード街だったと思いますが、
かなり寂れてしまっています。
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そう言えば、あの黒澤明監督の資料館、
「黒澤明記念館サテライトスタジオ」
があったのはこの辺りだったな・・

などと思いながら歩いていました。
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それにしても商店街の賑わいは、ほとんどありません。
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もしかしたらサテライトスタジオは、
この建物だったのかもしれません。

いやわかりませんが、
なんとなくこんなイメージだったような?

それにしても、もったいない話です。

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ネットカフェが営業していました。
人通りが少ない中、大丈夫だろうかと心配になるほどです。
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昔ながらの建物が崩れそうなのを修理しているのでしょうか。
昔の建物をリノベーションして、
カフェなどにするのかもしれません。
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もしかしたら商店街の通りではないのかもと思って、
大きな通りの方も確認してみます。
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このカラオケの建物は、元映画館のようでもあります。
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ここが映画館だった雰囲気はあります。

せっかくなので、近くを散策してみます。
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閉店して何年にもなるような、個人商店が目立ちます。
ここは、お茶・たばこ店だったようです。
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ここは花屋だったようです。
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ここは衣料店が並んでいたのでしょうか。
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自販機が並んでいますが、電源は入っていませんでした。
店舗は酒屋だったかもしれません。
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ここはかなり古い建物で、やや傾いています。

看板の電話・下宿・貸間・建物・土地から、
不動産屋だったと思われます。
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ここは小さな飲み屋だったのでしょうか。

駅前をちょっと離れると、
まだ昭和の名残が結構残っていましたが、
現在空き家がどんどん取り壊されているので、

これらの空き店舗も数年後には、
無くなっているのかもしれません。
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伊万里駅に戻ってきました。

さっきの昭和の名残の通りと比べると、
別の街に来たかのように整然としています。
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また筑肥線に乗り、山本駅で唐津線に乗り換え、
佐賀へと戻りました。


最近空き家の撤去が進んでいるようです。

それで以前から気になっていた、
多布瀬川沿いに残る空き家の様子を見に行ってきました。
01
もうずいぶん前からこのような空き家が川沿いに、
点々と残っています。

どの家も劣化が進んでいます。
中には崩壊しかけたような家もあったはずです。

この家は、まだそれほど劣化してない方です。
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途中こんなアンダーパスを通りました。
落書きが多く、イやな雰囲気です。
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ヤンキーが書いたのか、ちょっと意味不明。
04
ウサギ?と顔の間にXXX、何を思ってこんな絵を描いたのか?
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この空き家には、ブルーシートが掛けられています。
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この橋は、かなり古いようです。
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大正時代の橋のようです。
現在は、車両の通行は出来なくなっていました。
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ここは、比較的最近まで住人がいたような雰囲気です。
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ここは、住人がいなくなってかなり経つようです。

右下の柵の端にピンクのリボンが付けられていますが、
これは空き家がある所に目印のように付けられていました。
まもなく解体されるのかもしれません。
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ここは劣化が激しく、崩壊しそうです。
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ここも劣化が激しく、窓の一部が落ちそうになっていました。
手前のポールに、ピンクのリボンが巻き付けられています。
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ここは藪に覆われてしまいそうです。
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近くから見ると、玄関の扉が壊れていて、
部屋の中が荒らされた形跡があります。

空き家を放置すると、
いろいろと治安上の問題が起きてくるのも、
解体が進んでいる理由かもしれません。
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途中こんな昭和の団地が残っている所がありました。
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ここも比較的最近まで住んでいたような家です。
やはり門にピンクのリボンが巻き付けられています。
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ここは土手の下にある空き家です。
比較的劣化は、少ないように見えます。
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ここはただの藪に見えますが、
よく見ると、家があるのがわかります。
空き家になっていったい何年経つのか?
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ここも土手の下にある空き家です。
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劣化は少ないように見えます。
住人がいなくなって数年レベルでしょうか?
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そしてここも藪の中に埋もれようとしています。

今回は、およそ3キロくらいの区間にある
空き家を確認しました。

多布瀬川沿いには、
まだ結構な空き家があるようです。

このような放置されて朽ちていく空き家には、
家財道具がそのままになっている事が多いです。

その家で、数十年単位での生活があった後、
ある日いなくなったかのようです。

一人暮らしで亡くなられたりすると、
家財道具の引き取り手がなく、
そのままになるのかもしれませんが、

窓や隙間から見える残された家財道具から、
なんとなく住んでいた人の人となりが垣間見えて、

何かやるせないような、
もの悲しさを感じるものです。


佐賀の映画館跡を巡るシリーズ、
今回は武雄の映画館跡に行ってきました。

武雄には、

武雄日活銀映劇場・武雄大洋・富士館・武雄東映
(いずれも最後の名称)
の4館の映画館があったようです。
01
武雄温泉駅は、
ご存じのように9月より西九州新幹線が開通したので、
ついでに新幹線ホームまで入場券で入って、
どんなものか見てみる事にします。
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ちょうど新幹線が停車していました。
手前には、ホームドアがあります。

さすが新幹線だけに、
車内も先進的な造りになっています。
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この後発車していきましたが、
やっぱり実物を見ると、ちょっと乗ってみたくなります。
これが佐賀駅経由で新鳥栖まで繋がる日が来るのでしょうか。
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しかし武雄駅とその周辺は、
再開発が進んで以前の面影がまったくありません。
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道路が拡張されて、多くの店舗が無くなっているようです。
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このファミリーマートは、景観を意識した?建物になっています。
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昔から続いていそうな店舗も残ってはいます。
甘党の店三喜堂
おはぎ、ふみ餅、回転焼です。

こんなのが割と好きなのでちょっと気になりました。

武雄日活銀映劇場はこの近くにあったようです。
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この建物付近にある駐車場のようです。
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おそらくここではないかと思われます。
全く痕跡は残っていません。

武雄日活銀映劇場は、
1970年以後1973年以前に閉館しているとの事です。
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その先のヤマハ音楽教室の隣のビルが、
武雄大洋だったと思われる場所です。
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現在は、雑居ビルになっています。
武雄大洋は、1995年以後1998年以前に閉館と、
比較的最近まで存在していたようです。
と言っても、閉館して25年ほど経ってはいますが。
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次に残りの2館の跡地へ向かいます。
ここからすぐ近くにあるはずです。
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この通り沿いにある旅館の側の駐車場らしいです。
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途中に小さな神社があったので、
何気に立ち寄って見ると、
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神社の由来の説明の右側に、
懐かしの武雄のまちなみという地図が載っています。
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なんと昭和39年の地図です。
という事は映画館も存在していた頃なので、
確認してみました。
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武雄日活(1)
すると、ちゃんと載ってました。
武雄日活と武雄大洋です。

武雄日活の隣は、今も営業している”橋口米屋”があります。
武雄大洋の隣は、佐賀銀行があったようです。
富士館
こちらには、これから訪ねる富士館と武雄東映が載っています。
何気に立ち寄った小さな神社で、
思いがけなく場所が判明する事になりました。
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場所が分かったところで、確認に向かいます。
22
この京都屋の駐車場が、富士館があった場所です。
痕跡はまったくありません。
富士館は、例によって1966年以前に閉館となっています。
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その隣にあるコンクリートの建物は、
かなり古そうです。
ここが地図にある歯科医院だったのでしょうか。
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その隣の駐車場が、武雄東映跡です。
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かなり広い駐車場ですが、
映画館はどれくらいの大きさっだのか?
武雄東映は1969年以前に閉館となっているようです。
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駐車場の向かいの家は、
映画館があった頃から存在していたことでしょう。
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この辺りは、旧長崎街道のルートとなっていたようなので、
ちょっと散策してみます。

鍵型道路と言って、わざと曲がり角を作っています。
佐賀宿の鋸型と同じく攻め手の勢いを削ぐ目的のようです。
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この辺は、なんとなく往時の面影が残っているようです。
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しかし閉店している店舗も多く見られます。
ここは何の店舗だったのか?
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ここも大分前に閉店しているようです。
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ここも閉店している商店かと思ったら、
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板金屋だったようです。
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ここは色が落ちて、アートのようになっています。
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歓楽街へ出てきました。
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いわゆる風俗店の看板がいくつか見られます。
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武雄で一番有名な楼門です。
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ここには温泉もあり、観光客がかなり多く訪れていました。
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所々に長崎街道の説明板が設置してありました。
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宮本武蔵が使ったと言う井戸があるようです。
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この辺りは、景観を意識した通りになっています。
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ここはイベントなどをやるための広場でしょうか。
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明治期のポストを模したレトロポストです。
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この辺りも街道の雰囲気が残っています。
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曲がり角に説明板がありました。
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ここも鍵型道路でした。
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その先には、昭和の家屋が割と残っているようです。
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更にその先に進むと、
再開発された地区の広い道路と繋がっていました。

楼門付近は、
思ったより観光客が多く賑わいを見せていましたが、

そこを離れると、
ちょっと寂しい雰囲気なのは否めませんでした。

それでも駅とその周辺の激変ぶりには驚きました。
やはり新幹線が来ると、
急速に街は変わって来るのかもしれません。



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