SAGA佐賀マニア~佐賀のマニアックな情報発掘

佐賀の歴史スポットや気になるお店、街歩きネタを発信しています。

カテゴリ: 佐賀の記憶

佐賀の映画館跡を巡るシリーズ、
今回は武雄の映画館跡に行ってきました。

武雄には、

武雄日活銀映劇場・武雄大洋・富士館・武雄東映
(いずれも最後の名称)
の4館の映画館があったようです。
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武雄温泉駅は、
ご存じのように9月より西九州新幹線が開通したので、
ついでに新幹線ホームまで入場券で入って、
どんなものか見てみる事にします。
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ちょうど新幹線が停車していました。
手前には、ホームドアがあります。

さすが新幹線だけに、
車内も先進的な造りになっています。
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この後発車していきましたが、
やっぱり実物を見ると、ちょっと乗ってみたくなります。
これが佐賀駅経由で新鳥栖まで繋がる日が来るのでしょうか。
04
しかし武雄駅とその周辺は、
再開発が進んで以前の面影がまったくありません。
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道路が拡張されて、多くの店舗が無くなっているようです。
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このファミリーマートは、景観を意識した?建物になっています。
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昔から続いていそうな店舗も残ってはいます。
甘党の店三喜堂
おはぎ、ふみ餅、回転焼です。

こんなのが割と好きなのでちょっと気になりました。

武雄日活銀映劇場はこの近くにあったようです。
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この建物付近にある駐車場のようです。
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おそらくここではないかと思われます。
全く痕跡は残っていません。

武雄日活銀映劇場は、
1970年以後1973年以前に閉館しているとの事です。
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その先のヤマハ音楽教室の隣のビルが、
武雄大洋だったと思われる場所です。
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現在は、雑居ビルになっています。
武雄大洋は、1995年以後1998年以前に閉館と、
比較的最近まで存在していたようです。
と言っても、閉館して25年ほど経ってはいますが。
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次に残りの2館の跡地へ向かいます。
ここからすぐ近くにあるはずです。
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この通り沿いにある旅館の側の駐車場らしいです。
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途中に小さな神社があったので、
何気に立ち寄って見ると、
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神社の由来の説明の右側に、
懐かしの武雄のまちなみという地図が載っています。
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なんと昭和39年の地図です。
という事は映画館も存在していた頃なので、
確認してみました。
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武雄日活(1)
すると、ちゃんと載ってました。
武雄日活と武雄大洋です。

武雄日活の隣は、今も営業している”橋口米屋”があります。
武雄大洋の隣は、佐賀銀行があったようです。
富士館
こちらには、これから訪ねる富士館と武雄東映が載っています。
何気に立ち寄った小さな神社で、
思いがけなく場所が判明する事になりました。
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場所が分かったところで、確認に向かいます。
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この京都屋の駐車場が、富士館があった場所です。
痕跡はまったくありません。
富士館は、例によって1966年以前に閉館となっています。
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その隣にあるコンクリートの建物は、
かなり古そうです。
ここが地図にある歯科医院だったのでしょうか。
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その隣の駐車場が、武雄東映跡です。
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かなり広い駐車場ですが、
映画館はどれくらいの大きさっだのか?
武雄東映は1969年以前に閉館となっているようです。
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駐車場の向かいの家は、
映画館があった頃から存在していたことでしょう。
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この辺りは、旧長崎街道のルートとなっていたようなので、
ちょっと散策してみます。

鍵型道路と言って、わざと曲がり角を作っています。
佐賀宿の鋸型と同じく攻め手の勢いを削ぐ目的のようです。
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この辺は、なんとなく往時の面影が残っているようです。
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しかし閉店している店舗も多く見られます。
ここは何の店舗だったのか?
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ここも大分前に閉店しているようです。
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ここも閉店している商店かと思ったら、
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板金屋だったようです。
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ここは色が落ちて、アートのようになっています。
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歓楽街へ出てきました。
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いわゆる風俗店の看板がいくつか見られます。
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武雄で一番有名な楼門です。
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ここには温泉もあり、観光客がかなり多く訪れていました。
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所々に長崎街道の説明板が設置してありました。
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宮本武蔵が使ったと言う井戸があるようです。
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この辺りは、景観を意識した通りになっています。
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ここはイベントなどをやるための広場でしょうか。
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明治期のポストを模したレトロポストです。
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この辺りも街道の雰囲気が残っています。
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曲がり角に説明板がありました。
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ここも鍵型道路でした。
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その先には、昭和の家屋が割と残っているようです。
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更にその先に進むと、
再開発された地区の広い道路と繋がっていました。

楼門付近は、
思ったより観光客が多く賑わいを見せていましたが、

そこを離れると、
ちょっと寂しい雰囲気なのは否めませんでした。

それでも駅とその周辺の激変ぶりには驚きました。
やはり新幹線が来ると、
急速に街は変わって来るのかもしれません。



佐賀の映画館跡を訪ねるシリーズ、

今回は、多久市の多久駅周辺にあった映画館跡を訪ねました。
東多久駅周辺にも3館の映画館が存在していましたが、

多久駅周辺には、
a

信和会館
多久古賀山会館
多久東映劇場
多久別府映画劇場
多久昭和館
そして駅から2キロほど離れたところに、
h


明佐館

と、6館もあります。
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多久駅から歩いて映画館跡へと向かいます。

多久駅周辺は再開発が進んでいて、
多久駅もこのような立派な駅舎へと変わっていました。
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駅前にはローターリーと広い駐車場が整備され、
駅前周辺は、かつてはどうなっていたか思い出せないほど変貌しています。
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道路が拡張され、駅前にあった商店などは、
ほぼ無くなっています。
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まずは駅の北側にあった映画館跡に向かいます。
多久昭映があった場所です。
多久昭映は、1970年~1971頃まで存在していたようです。
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国道203号の向かい側付近にあったと思われます。
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この空き地になっている場所には、
家屋や店舗が建っていた事は覚えていますが、
いつから空き地になったのかは不明です。

ここに映画館があったのでしょうか。
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ついでに奥の方まで歩いて確認します。
映画館があったような雰囲気ではありません。
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古くからの住宅地で、空き家も目立ちます。
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ここも空き家です。
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さらに進むと、同じ形の家が並んでいます。
もしかしたら旧炭鉱住宅でしょうか。
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次の映画館跡を確認するため、街中へやってきました。


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中心街も古い店舗と新しい店舗が入れ替わりつつあるようです。
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この辺りに多久映画劇場があったようです。
中央の看板が掲げられている建物が元映画館を思わせますが、
どうでしょうか。
映画館は1966年には閉館しています。
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もしかしたらその隣の駐車場になっている場所かも知れません。
この付近はまだなんとなく、当時の面影が残っているようです。
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次に駅前の通りを東に歩いたところにあったらしい、
信和会館跡へ向かいます。
信和会館も、1966年以前に閉館しています。
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クルマが2台停まっているラーメン屋付近だったようですが、
もしかしたら左側の空き地になっている所だったのかもしれません。

さらにその東側にも映画館があったようです。
多久古賀山会館です。

ここは、1969年以前に閉館しています。
本当に1966年前後に閉館している映画館が多いですね。
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しばらく歩くとこんな建物が目に付きます。
飲食店として営業中でした。
この辺りに多久古賀山会館があったようです。
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隣の倉庫のような建物が、
いかにもかつて映画館だった事を思わせます。

ここに間違いないとまでは言い切れませんが、
可能性は結構あると思われます。
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線路の向こう側に見える建物の廃墟は、
かつての炭鉱施設です。
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近くには多久を拠点に活動しているアーチスト、
富永ボンドのショップがあります。
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富永ボンドのボンドカー?です。
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多久は、富永ボンドを中心にアートで町おこしをしています。
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駅から東の方には、
まだいくつか昔の商店街の店舗が残っているようです。
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次に踏切を渡って、次の映画館跡へ向かいます。
多久東映劇場があった場所です。
多久東映劇場は、1969年以前に閉館しているとの事です。
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この交差点付近にあったのでしょうか。
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この辺りは道路拡張されて、昔の建物はほとんど残っていません。
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本当にこの辺に映画館があったのか?
と思わずにはいられないほど、新しい街へと変わっています。

もはやかつて近くに映画館があった事を知る人も、
ほとんどいないのかもしれません
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次の映画館跡へ向かうため、駅へ戻ります。
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ちょうど唐津線の列車が到着して、数名の乗客が乗り降りしていました。
そこそこ大きな駅ですが、2020年3月から無人化されているとの事です。
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駅に隣接して、”あいぱれっと”という市民交流センターがあります。
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奥にはカフェもあり、市民の憩いの場として活用されています。
次の映画館跡は、駅からちょっと離れているので車で移動します。
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この交差点付近に明佐館という映画館があったようです。
明佐館も、1966年以前に閉館しています。
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この辺りには、江戸時代からの旧家がいくつか残っていて、
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旧街道の面影を残しています。




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交差点付近には、多久市立病院という大きな病院があります。
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交差点の奥に向かって多久聖廟です。
どこが映画館だったのか?
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横断歩道を渡った所の空き地がちょっと気になります。
小さな映画館だったらここにあったとしても不思議ではありません。
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この付近を歩いてそれらしき建物が無いか探しましたが、
見つけられませんでした。
閉館して50年以上経つので、無くなっているのでしょう。

それにしても多久駅周辺に6館もの映画館が存在していた事が驚きですが、
炭鉱町として栄えていた頃は、相当賑わっていたという事なのでしょう。

それでもほぼ同時期にほとんどの映画館が閉館したのは、
あっと言う間にテレビの時代になってしまって、
瞬く間に映画館には閑古鳥が鳴くようになったのでしょうか。

映画館末期の様子を想像すると、
物悲しい気分になってきます。

黄昏映画館
上野昂志
国書刊行会
2022-06-22

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佐賀の映画館跡を訪ねるシリーズ。

今回は、小城の映画館跡を訪ねました。

小城は、小京都と呼ばれる、
歴史的な景観を残す街並みで知られていますが、
近年道路拡張など再開発が進んでいます。

小城には、小城東映・小城昭和館・小城巡映という、
3館の映画館があったとの事です。
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小城東映は1950年頃開館して、
1967~68年頃閉館しているようです。

小城昭和館は1953年3月に開館して、
1975年頃閉館しているようです。

そして小城巡映は1980年頃開館して、
1985年頃閉館しているという、
わずか5年ほどしか営業していない映画館だったようです。
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唐津線の小城駅です。
駅舎は、2015年に改築されてキレイですが、
古い駅舎のレトロな雰囲気を残しています。
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駅前ロータリーも整備されていて、
駅舎の前には歌人与謝野鉄幹・晶子夫妻の石碑が設置されています。
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駅の向かい側には、最近できたと思われる、
カフェやサブカル系?の食堂らしき店舗が営業していました。
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この郵便丸ポストは、かなり古そうですが現役です。
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現在は、基本無人駅になっているようです。
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ここにも駅ピアノが置いてあります。
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名所案内の看板の絵は、近くの小城高校の生徒が描いたようです。
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映画館は、駅前のメインストリートを北に向かって、
点々と存在していたらしいです。

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このメインストリートは、道路拡張が進んでいて、
古い建物は、徐々に撤去されています。
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やはりと言うか、シャッターが降りた店舗が多いです。
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このように、一部古い店舗も残ってはいます。
右の店舗は、今も営業しているようです。
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かつては商店街に必ずあった個人商店。
ここも営業はしてないと思ったら、
から揚げ屋として営業しているらしいです。

そしてこの辺りに小城昭和館があったようです。
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※佐賀・小城・多久の今昔より

ちなみに昭和館の写真がありました。
説明によると、昭和49年頃の写真で、
翌年の昭和50年に閉館したとなっています。
最後は成人映画館となっていたのでしょうか。
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もしかしたら、車が停まっている辺りに映画館があったのかもしれません。
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念のために”はらだ”から奥に入ると、小城市歴史資料館がありました。
訪問時には思いつきませんでしたが、
ここで調べたらわかったのか?
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その脇の通りも歩きましたが、映画館の痕跡は確認できませんでした。
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通りに戻り、先に進みます。
この辺りは道路拡張が進んでいて、建物も新しくなっています。
この付近に、小城巡映があったようです。
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もしかしたらここが小城巡映かもしれない、
と思いましたが、どうもローカルスーパーの跡のようです。
この付近は、道路拡張が進んでいるので、
もはや建物は残ってないと思われます。
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その先は道路拡張が完了して、広々としています。
小城東映は、この付近にあったようです。
20a
赤い看板の、あいかわ薬局と、
その手前の建物が映画館だったそうです。
どんな映画館だったのかは、想像するしかありません。
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この先が、国道203号線と交わる交差点となります。
最近出来た、マクドナルドがあります。
小城の景観に配慮した、茶色の建物となっています。
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かつてはちょっと変則的な交差点でしたが、
道路拡張により、広くて非常にすっきりとした
交差点に生まれ変わっていました。

小城駅から国道203までのメインストリートは、
映画館があった頃からすっかり様変わりしていると思われるので、
さすがに映画館の痕跡は、確認できませんでした。

しかしこの通りに3館も映画館が存在していて、
一館は、85年頃まであったとは知りませんでした。

当時知っていたら、映画を観に行ったのかと言えば、
行くことはなかったでしょう。

無くなってしまって有難みを知る、
みたいなものでしょうか。


映画館と観客の文化史 (中公新書)
加藤幹郎
中央公論新社
2014-07-11

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映画館の跡地を巡るシリーズ。
今回は、鳥栖市の映画館跡を確認しに行ってきました。

鳥栖市には、鳥栖銀星映劇、第二銀映、鳥栖東映劇場の三館が、
存在していたようです。

意外と少ないですが、
隣の久留米市に多くの映画館があったみたいなので、
久留米まで観に行っていたのかもしれません。
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鳥栖市も時代の変遷と共に大きく変貌していており、
駅前にはショッピングモール、フレスポや、
サガン鳥栖のスタジアムが出来たりしましたが、

長年鳥栖駅前のランドマーク的存在だった、
鳥栖ビルは取り壊されています。
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鳥栖駅前の再開発は徐々に進んでいますが、
この鳥栖駅の駅舎は、開業当時の姿を留めています。

今となっては、この古い駅舎が貴重な歴史遺産となっています。

しかしそんな鳥栖駅前には、まだ再開発されていない場所があります。
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この横丁から奥の地区です。
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この通りは、ここだけ昭和で時間が止まっているかのような
錯覚を覚えるほどです。
この通りの奥に、鳥栖銀星映劇があったらしいです。
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奥まで歩くと、この通りに交わります。
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かなり寂れた通りです。
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その通り沿いにあるこのビルが、鳥栖銀星映劇だったようです。
ビル名も銀映ビルとなっていました。
映画館は、1985年以前(1983~84?)に閉館しているとの事です。

現在飲食店が数店舗営業していました。
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建物は、見た感じかなり老朽化が進んでいて、
そう長くないうちに取り壊されるかもしれません。
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これがビル全体です。
そこそこ大きな映画館だったようです。

この通りを突き当りまで行った辺りに、
1966年以前に閉館した第二銀映があったみたいですが、
それらしき建物などはすでに無くなっていると思われ、
はっきりした位置はわかりませんでした。




次に、鳥栖東映劇場跡地に向かいます。
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銀映ビルから歩いて数分の場所です。
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この付近も昭和な雰囲気が残っています。

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鳥栖東映劇場は、カトリック幼稚園の
北側40メートルほどのところにある建物ということなので、
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この建物に間違いないと思われます。
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建物の形も元映画館だった事を思わせます。
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こちら側からみると、かなり古い建物だという事がわかります。
現在は、会社の事務所?として使われているかもしれません。

鳥栖東映劇場は、1973年以前に閉館しているそうです。

ここが映画館だったことを覚えている人も、
少なくなっているのではないでしょうか。

しかし鳥栖市にあった三館の内、
まだ二館の建物が残っていたのが驚きでした。

どちらも老朽化が進んでいるので、
そう長くは建っていないのかもしれません。

映画館跡地を調べることは、その市や町の歴史を辿るようで、
感慨深いものがあります。

引き続き県内の映画館跡の調査を進めてこうと思います。

巨大映画館の記憶
青木圭一郎
ワイズ出版
2021-11-25


今回は、川副町と大和町の映画館跡を訪ねてみました。
川副町には、犬井道と早津江に映画館があったようです。
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まずは、川副町犬井道の映画館跡です。
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どうやらこの金物店が有明東映だったのではないかと思われます。
inido01
建物の形状が、元映画館だった事を思わせます。
1964年頃閉館したとの事です。閉館後に別の店舗などになった所はっているようです。



次に早津江に移動します。
ここには早津江東映という映画館があったようです。
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商店街はかなり寂れていて、ほとんどの店舗は閉店しています。

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このスーパーは、閉店して何年経っているのか?
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映画館は、この記念碑が建っている佐野常民生誕地の南側にあったようです。
mietsu04
てっきりこの場所かと思っていたら勘違いでした。

消えた映画館の記憶の管理人のロバさんのブログ

振り返ればロバがいる

によると、

現在三重津海軍所跡の公園になっている場所が、
当時住宅街になっていて、その一角に1964年までは、
存在していたようです。


次は、佐賀市大和町にあった映画館跡です。
SnapCrab_NoName_2022-4-19_16-44-0_No-00
大和町には、大和館春日東映と言う映画館が存在していたようです。
どちらも1966年前後に閉館しているとの事です。

消えた映画館の記憶のマップ上では、完全に特定されてなくて、
尼寺のどこかという事でクエスチョンマークになっていますが、
おそらくここだろうと思われる場所があります。
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まずは大和館ですが、ハルツというケーキ屋さんの隣です。
yamato01
この建物です。
長い間家具屋の倉庫として使われていたようですが、
一見してかつて映画館だっただろうと思わせるような建物です。

yamato02
現在は、倉庫としても使われていない雰囲気ですが、
実際どうだったんでしょうか。

yamato05
もう一館の春日東映は、
春日小学校の西側にあった事を聞いた事があります。

現在建物は残ってなくて、児童館の駐車場となっています。

映画館は1965年頃まで営業していて、
一部畳が敷いてあったらしいです。

雨の日になると、農家の人たちが畳で寝そべって映画を観ながらくつろいでいた、
というエピソードがあります。

それにしても1966年前後に閉館した小さな映画館が非常に多いようですが、
映画全盛期を過ぎて数年、完全にテレビの時代になり観客数が激減して、
営業出来なくなってきた頃だったのかもしれません。

藤森照信のクラシック映画館
藤森 照信
青幻舎
2019-09-30


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