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タグ:街歩き

映画館跡を巡りながら街中を散策するシリーズ。
今回は神崎市の映画館跡を訪ねてきました。
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神崎市には、神埼新世界映劇、神崎映画劇場、曙座の3館があったようです。

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神崎市の中心街は、江戸時代長崎街道の宿場町となっていて、
至る所に歴史的な街並みが残されています。
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櫛田神社の駐車場にある案内板には、
街道沿いに残る歴史的建物や施設などが紹介されています。
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櫛田神社の境内です。
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このような立派な社殿が建っています。
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南側にはかなり古そうな門が構えています。
その門の左側を見ると、なにやら街の案内のようなものが、
貼ってあることに気が付きました。
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昔の神崎の街中にあった施設などの写真でしたが・・・
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その中に、なんと神崎映画劇場の写真を見つけました。
昭和25年4月の落成時に撮られた記念写真のようです。

立派な建物の前に20数人が写っているようですが、
映画館のスタッフと町の有力者でしょうか。

戦後5年、これから映画が最大の娯楽となり、
全盛期を迎える前夜にオープンして、

昭和40年代まで営業していたようですが、
後にスーパーなどになったらしいです。

それにしても開館当時の記念写真は、
貴重ではないかと思われます。
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その神崎映画劇場があった場所を確認します。
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ここは旧長崎街道なので、
このような歴史的外観の商店も多数見られます。
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しかしこのようなシャッターが降りた店舗も多いです。
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ここも元何かの店舗のようですが、
閉店して何年も経っている雰囲気です。

神崎映画劇場は、この付近にありました。
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この佐賀信用組合の看板の向かい側だったようです。
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この駐車場の場所に、神崎映画劇場があったそうです。
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多くの映画館が閉館した時期である、
1966年以前に閉館となっているので、
15~6年ほどしか存在していなかった事になります。

昭和30年代半ばに映画全盛期となり、
その直後からテレビが急激に普及しだして、
それこそあっという間に役目を終了したという事でしょうか。

その後の”スーパーなどになりましたが”も気になる所です。
個人スーパーの時代も終わり、
最後は何の店舗だったのでしょうか。

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すぐ側にはこんな川というか水路があります。
下に降りる古い石段があるところから、

この前紹介した長崎街道佐賀宿の荷揚げ場遺構と同じように、
かつては小舟が行き来して荷を運んでいたのでしょうか。

実は、あの石段の辺りにカワセミがいたので、
慌てて写真を撮ろうと思ったら、
あっという間に飛んで行ってしまいました。
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ここにも古い外観の商店がありました。
旧街道の雰囲気は残されているものの、
佐賀宿と同じく今一つの感があるのは否めません。
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珍しい丸ポストです。
かなり色あせていたのでもう使われていないのかと思ったら・・
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集荷時間が書いてあり現役でした。
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もう一館の映画館があった場所へ向かいます。
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途中にあった個人営業の本屋です。
個人営業の本屋もめったに見なくなりました。

ここはどれくらいお客さんが来ているのだろうか?
などとつい考えてしまいます。
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このラーメン屋は、どうやら人気店みたいです。
ただ昭和からやっているような店は、
老夫婦でやっている事が多く、
後継者問題などが悩ましいところです。
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その近くの昭和な衣料品店は、閉店しています。
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その向かい側の同じく昭和なクリーニング屋もだいぶ前に、
閉店しているようです。
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映画館があった通りに出てきました。
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一瞬ここが元映画館なのかと思いましたが、
違うようです。
衣料品店ですが、それにしても昭和の映画館のような外観です。
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この黄色い建物は、たこ焼き屋ですが、
頻繁に車が止まってたこ焼きを買っていくので、
名物たこ焼き屋のようです。
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タミヤの星のマークが目立つ、
プラモや!という分かりやすい屋号の模型店です。

ここもファンが多そうな雰囲気が漂っています。

さっきのラーメン屋もそうですが、
ローカルな場所にあっても、ファンを掴んでいれば、
長く続けていけるという事ですね。
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映画館は、その先の高齢者施設の場所だったようです。
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ここに神埼新世界映劇があったという事ですが、
全く痕跡も残っていません。
1953年2に月開館して1973年以前に閉館しているようです。
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すぐ先には、国道34号線の交差点がありますが、

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その手前にこんな古びた建物が残っていました。
おそらく映画館があった頃から存在している建物ではないかと思います。

店舗はすべて閉店しています。
右側に見える昭和な自転車が、
長い事放置されていて、朽ちてきていました。

今度来た時には撤去されているかもしれません。
神埼新世界映劇の並びにもこんな建物が建っていたのでしょうか。
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国道34号線との交差点です。
この先には神崎駅があります。
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この小さな書店は、シャッターが降りています。
これくらいの小さな個人書店は、ほぼ絶滅していますね。
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その並びの、古い建物もシャッターが降りています。
元小さな個人商店だったようです。
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このような三角形の狭い隙間に建っているのが時代を感じさせます。
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設置されている自販機もそのまま放置されているようですが、
業者が回収しに来ないのでしょうか。
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そして櫛田宮へと戻ってきました。

さらにもう一館の曙座があったと思われる場所へ行ってみます。
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先ほどの南側の鳥居です。
さっきは東へ向かいましたが、
ここから南へ向かった所に曙座があったようです。

曙座は、1940年前後に開館して、
(戦時中の為か)一旦閉館して1954年9月に開館しているようです。
そして例によって、1965年頃閉館となっています。

曙座の場所は、はっきりとはわかりませんが、
この通り沿いだったようです。
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このように歴史的な建物も残っています。
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これは古賀銀行神崎支店の建物です。
佐賀市の柳町には、本店の建物があります。
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かなり立派な建物で、隣には蔵まで建っています。
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そのすぐ先は、最近公園として整備されています。
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このような広い芝生の広場となっています。

もしかしたら曙座は、ここにあったのかもしれません。
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何か痕跡でも残ってないか確認するため、
先の方へ行ってみます。

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このような昭和な店舗が結構残っています。
営業している所とシャッターが降りている所と半々くらいです。
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ここは空き地となっています。
もしかしたらここだったのかもしれません。
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映画館らしき建物は見当たりませんが、
せっかくなので神崎宿の端まで行ってみる事にします。
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ここにも丸ポストがありました。
このポストは、キレイに塗装されています。
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神幸館(かみさちかん)というかなり古そうな建物の脇にポストがあります。
ちなみにここは地域活性化の拠点のようです。
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その先にもこんな空き地がありました。
ここにも店舗が並んでいたと思われます。
もしかしたら映画館もあったのかも知れません。




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どうやら映画館の痕跡は残ってないようですが、
先に進みます。
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ここから先は、道路が石畳風に整備されていて、
街道の雰囲気が漂っています。
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元老舗薬屋だった所には、江戸時代の薬や道具が展示されています。
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ここは名物神崎そうめんの老舗でしょうか。

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この辺りは、シャッターが下りた店舗が目立ちます。
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元自転車屋です。
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ここは白壁の古い家屋ですが、何かの店舗だったようです。
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またまた丸ポストです。
神崎宿内に3か所もありました。
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このお寺は、脇本陣だったようです。
脇本陣は、大名クラスが泊まる場所で、
本陣が空いてない時にここを利用したとの事です。
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逆光で見にくいですが、この通りの端が、
東の入り口となっています。
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その東の入口から西を見たところです。
観光用のお土産屋があります。
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江戸時代には、この様な木の門があったそうです。
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説明板によると、午前6時に門が開いて、
午後10時に閉められていたとの事です。

神崎市の長崎街道沿いは、往時の面影が残っている箇所や、
歴史的街並みが整備されている所もありますが、
観光地としては中途半端な整備に留まっています。

またシャッターの降りた商店も多く見られ、
ローカル商店街の厳しい現状も垣間見られました。

映画館が3館もあった頃の商店街はどんな様子だったのか?
かなりの賑わいだったのでしょうか。




の映画館跡地を訪ねたところ、
その付近に昭和なエリアが残っていたので、
散策してきました。
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この駐車場が、かつて映画館があった場所で、
映画館が閉館してからは、キャバレーとなって営業していたそうです。
いつ建物が取り壊されたのかは分かりませんが、
どんな建物だったのか写真だけでも見たいものです。
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駐車場の北側には、こんな昭和20年代~30年代から建ってそうな、
古い建物が並んでいます。
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この通りは、かなり昭和な雰囲気が残っています。
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このシャッターが下りた店舗の角からの通りが気になったので、
入ってみます。
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奥には古い家屋が建っています。
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この店舗は、元質屋だったようです。
閉店してどれくらい経つと、ここまで劣化するのでしょうか?
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民家とアパートらしき建物がありますが、
おそらく空き家です。
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通りに出て左を見ると、こんな昭和な建物が目に入ります。
店舗跡ですが、風俗店ではなさそうです。
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その手前の駐車場の奥に、気になる建物群を発見しました。
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かなり古い住宅の廃屋のようです。
もしかしたらこの手前の駐車場も住宅地だったのかもしれません。
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いつ頃まで住人がいたのか?
と、思っていたら奥の一軒だけ住人が住んでいたので、
早々に立ち去りました。

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ご存じのようにここは風俗街なので、その手の店も営業していますが、
閉店しているところも結構あるようです。
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気になったのがこの建物です。
愛敬町の中でもかなり古い建物だと思われます。
すでに閉店して数年経っているようですが、
もしかしたら風俗店になる前は、
別の店舗だったのかもしれません。
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この店舗は風俗店では無くて、割烹料理店だったと思われます。
窓から見える障子紙が破けてボロボロになっているのが、
痛々しいですね。
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この辺は風俗街の外れ付近です。
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ここも風俗店だったみたいですが、
シャッターが下りています。
コロナ禍になるだいぶ前には閉店しているようです。

入り口のひさしには、いくつかの店名が重なっているように見えました。
このような風俗店は、短期間の間に運営が変わっていったのでしょう。

痛んだ従業員募集の張り紙を見ていると、
なんとなくこの店舗で働いていた人たちを想像してしまいました。

このような店舗型はもう古いのか?
今後新しい店舗となって復活することは無さそうです。


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